31話 雨の予知?

「カトリーヌさま力もちー!」

 

 張り切って両手にバケツを下げて運ぶカトリーヌに、チェリーたちが憧れの視線を向けた。

 

 たらいに石鹸水を作り、大物から洗っていく。

 カーテンなどは素足になって踏んで洗う。照りつける日差しに、ひんやりとした水が心地よい。

 

 ふ、と頭上から視線を感じた。

 

 しかし見上げるとそこにはただ塔がそびえるのみで、こちら側には窓もない。

 誰かが覗けるはずもなかったので、気のせいだろうか。


 でも、どうしても引っかかることがある。外壁に張り付くことが出来るならば、あるいは、と思ったのだ。

 

「ねえ、アラーニェさんはいつもどこに居るのかしら。私、まだ会えていないの」

 

 カトリーヌの問いに、テーブルクロスの脱水に取り掛かっていたチェリーたちが答える。

 

「色んなところにいるよー」

 

「蜘蛛だからどんなところも歩けるよー」

 

「よく天井とかにいるよねー」

 

「そうなのね。教えてくれてありがとう。私も、アラーニェさんに早く会いたいな」

 

 チェリーたちだけでなく、どこかで見ていたかもしれないアラーニェにも向けて、カトリーヌはそう言った。



 

「よしっ、これでおしまいね!」

 

 チェリーたちと協力して全ての洗濯物を干し終えたカトリーヌは、充実した気持ちで伸びをした。

 

 と、顔にかかる陽の光が突然チカチカと明滅しはじめた。

 何だろう、と首を傾げる間もなく、今度は目の前に幕が降りたようにぼやける。やがてすべてが白くなっていく。

 思わず目をつぶって膝をつくと、瞼の裏に一瞬だけ不思議なイメージが浮かんだ。

 

 干したばかりの洗濯物が、豪雨にさらされてびしょ濡れになっていた。


(な、なに? 今の。……白昼夢? ぼんやりしていたけれど)

 

 目を開けてもまだ混乱が残るカトリーヌのもとに、チェリーたちが集ってくる。心配する彼女たちの小さな頭をひとつひとつ撫でているうちに、少しずつ気分が落ち着いてきた。

 

 昔、母に占いをするときにどういう感覚なのか聞いたことを思い出す。

 

『ただ、景色として見えるの』

 

 そんな答えだった。それは、いま自分が見たような曖昧なものなのだろうか。

 

(まさかね。だって何度試しても、私に占いの才能は無かったし……でも、本当に起こったとしたら?)

 

 困ったカトリーヌは、空を見上げた。とても雨など降りそうにない、雲一つない青空だ。

 

「カトリーヌさまどうしたのー」

 

 チェリーの一人からスカートを引っ張られる。

 

「んー、えーと。ちょっと聞いてみたいんだけど。これから大雨が降ることってあると思う?」

 

「あめー?」

 

「そう、まさかこんな良いお天気の日に、雨なんて降らないわよね」

 

「降ること、あるよー」

 

「ザザーッてすごいのー」

 

「そ、そうなの? でも、そっか。エリンとは気候が違うみたいだし、そういう雨もあるのね」

 

 うーん、と考えこむカトリーヌの周りにチェリーたちが集まってくる。

 

 せっかく干した洗濯物だ。今すぐ取り込もうなんて言い出しにくい。

 それでも、洗濯物が台無しになったらチェリーたちはきっとがっかりするだろう、と思うと落ち着かない。

 

(もし違ってたら私が全部干し直せばいいか!)

 

「ねえ、雨が降る気がするの。気のせいかもしれないけれど、取り込んだ方がいいと思う。手伝ってくれる?」

 

 心を決めたカトリーヌがチェリーたちに声を掛ける。

 チェリーたちはお互いに顔を見合わせて、きょとん、とした。でも、次の瞬間には笑い合って、「いいよー!」と声を合わせて答えてくれたのだ。

 

 洗濯物を取り込む間も、楽しそうに空を見上げて、今か今かと雨を待つような様子が微笑ましかった。と同時に、雨が降らなかったらがっかりさせてしまうかもしれない、とヒヤヒヤもした。

 

 全てを取り込んで、チェリーたちが洗濯物を担いで木陰に移動し終えた。

 物干しロープの下にひとり残ったままのカトリーヌが、少し不安になって空を眺めたときだ。

 

 ぽつ。

 

 鼻先に大粒の水が一滴落ちた。

 

 あれ? と思う間に、水は二滴三滴と続けて落ち、空の低いところで獣の唸るような音が鳴る。

 一瞬空が光ったかと思うと、次の瞬間には猛烈な勢いで雨が降り出した。

 

「ホントに降った⁉」

 

 驚いている間にも、カトリーヌの全身を雨が打っていく。

 

 カトリーヌはすっかり濡れてしまったけれど、気にならなかった。

 無才無能の自分が、母の占いのように雨を予感した。ただの勘といえばそれまでだが、その勘すら人並み外れて鈍かった自分が。

 

(偶然だと思うけど、嬉しい……!)

 

 びしょ濡れのまま、こっそり頬を緩めたカトリーヌだった。

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