14話 チェリーたち
カトリーヌは疲れ果てていた。
というのも、よってたかって髪をいじられているからである。
料理長のゴーシュに質問状を渡した後、部屋でぼうっとしていると、謎の幼女たちがなだれ込んで来た。
そうして、あっという間に、晩餐会に向けての身支度がはじまったというわけだ。
彼女たちの見た目は五、六歳くらい。ピンク色の髪をおさげにして、お揃いのメイド服を着ている。
それだけなら、メイドには幼すぎるというくらいで不思議ではない。
ただ、その女の子たちのみんな同じ顔をしていた。
さらにはスカートから伸びるのは脚ではなく、無数の蔓だ。
その蔓をタコのようにうねらせて、せわしなく歩き回っている。
(これ以上驚くことはない、ってことが、次から次に起こるのね)
驚き疲れたカトリーヌは、されるがままだ。
「おひさまみたいなきれいな髪だねー」
女の子の一人が言った。
「違うよハチミツだよー」
「おいしそうだねー」
「アタシ、ハチミツ大好きー」
「アタシも好きー」
どんどんと声が重なっていく。
みんなが好き勝手に言うものだから、カトリーヌが口を挟む隙もない。
「ドレスどこー」
「衣装室にチェリーが取りにいったよー」
「どのチェリー?」
「アタシたちみんなチェリーだってばー」
蔓で走り回る女の子たちは、ポポポポと不思議な足音をさせていた。
現実離れした光景にめまいがしそうだ。
「あの! あなた達はチェリーって言うの?」
カトリーヌは思い切ってたずねた。
すると、彼女たちが一斉に止まって、カトリーヌを見つめる。
きらきらと光る空色の瞳が、嬉しそうに細くなる。
「そうだよー」
「よろしくねー」
「ルルルンルン! フェリクスさまのおよめさんー!」
「ルンルン、ルンルン、うれしいなー」
チェリーと呼ばれた女の子たちが、今度は歌いながらドレスを運んできた。
淡いピンク色のサテンと白いレースを重ねたドレスは、カトリーヌにはすこし大きい。
腕に針山を巻いたチェリーに身幅を詰めてもらいながら、カトリーヌはたずねた。
「こんな素敵なドレス、私が着てもいいのかしら? 誰か持ち主がいらっしゃるんじゃないの?」
「え~! カトリーヌさまのためだよー」
「王妃さまが張り切って選んだんだよー」
ドレスは見るからに高級品で、壊したり汚したりしないよう、カトリーヌは人形のように動けなくなってしまった。
レースの手袋をはめて、サファイヤの首飾りを巻けば完成だというところで、チェリーの動きがとまった。
「あれ? 手袋っているんだっけー」
「手袋は無しって言われたきがするー」
「だれにー?」
「わすれたー」
「それよりカトリーヌさま、ペンダントつけてるんだねー」
チェリーが指したのは、カトリーヌがつけていた母の形見のペンダントだった。
「これは、その、王女らしくないわよね。宝石でもないし、クズ石……ですわよね」
アンヌの真似をしてみようとしたものの、「クズ石」と言葉にする瞬間に胸が痛んだ。
すると、そんなカトリーヌにしがみつくようにしてチェリーたちが集まってきた。
「えー! この石すっごくきれいだよー」
「カトリーヌさまの目の色にもぴったりだよー」
カトリーヌのペンダントを見ようと、チェリーたちが集まってくる。
「ねーねーカトリーヌさまもこれ、ほんとはすっごく大事だよね?」
カトリーヌの膝の上に乗ってきたチェリーが、くりっとした空色の瞳で見あげてくる。
カトリーヌは言葉を失ってしまった。
たしかに、クズ石なんて思ったことも無いし、言いたくも無かった。
「そうよね、クズ石なんかじゃないわ。大事なの……すごく」
気づかないうちに涙がこぼれていた。膝のチェリーがカトリーヌの頬を、小さな手で包んでくれる。
「いいこ、いいこ、だよー」
「ぎゅってするよー」
「泣かないでー」
「ありがとう。みんな、優しいのね」
カトリーヌがチェリーたちをまとめて抱きしめ返す。
そのとき、胸のなかに暖かい陽が差したような、不思議な感覚があった。
『ぽわん』
と胸の中で何かが鳴った。
心臓の鼓動とは別の音。
同時に、つぼみがほころぶような感覚がある。
ほころんだ場所から全身に向けて、血流のようにあたたかいものが巡る。
それは一瞬のうちに溶けて吸収されていった。
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