13話 王子とサージウス〜即席マナー講座・2〜
ピリッとした空気の中、サージウスによるマナー講座は続く。
「なるほど。僕に代わってお前が彼女の姿をよーく見ていたのは、分かった。一旦それは許してやるから、マナーの続きを教えてくれ」
「青筋たてながら言わないで下さいよ」
「仕方ないだろう。なぜか猛烈にイラっとくるんだから」
「はいはい、そっすね。えーと、手の甲に口づけするってのも、聞いたことがありますね。敬意を表す挨拶らしいです」
「手の甲に? 口づけ? 嘘じゃないだろうな?」
自分の手をまじまじと見つめながら、王子がたずねる。
「本当ですって。ヒト族っていうのは独特の挨拶を重視するらしいですよ」
「難儀だな……。僕もしっかりとマナーを覚えねば、失礼になるというもの。まとめると、手を握り、褒めて、手の甲にキスだな? 敬意を表すにはそうすれば良いのだな?」
「ん〜、まあそういう感じです。あ、ご婦人は手袋をはめてるときもあるんですよ」
「なに? その場合はどうするのだ?」
王子に詰め寄られて、サージウスは目をそらした。
実はサージウスとて、ヒト族のレディと特別親しくしたことがあるわけではない。
ただ、鎧姿であるのをよいことに、ヒト族の領地をふらついたことがあるくらいだ。
「今日は手袋をつけないよう、衣装係に言っときましょう。それで解決!」
「つけていた場合のことは知らないのか」
「知らないわけじゃないです、偶然忘れただけです」
誤魔化すサージウスに、王子が
「あ~、と! 最後に一つ! これは重要ですよ!」
サージウスは大きな声をあげて、無理に話題を切り替えた。
王子の肩にガッと腕を回し、重大な秘密でも告げるように、ひそひそとした声で言う。
「言葉遣いは丁寧に。それから、低い声で甘く
「そ、それは礼儀か?」
つられて声を潜めた王子が聞くと、サージウスはさらに深刻そうな声を作って言った。
「いえ、ご令嬢がときめく秘訣です。いいすか、ご令嬢はときめきを求めていますからね」
「う、うむ。心しよう」
王子が大真面目な顔を作ってうなずいた。
サージウスの講義を終えた王子は、続いて厨房へと降りて行った。
生真面目な彼は、花嫁を迎える準備を万全にするために忙しく動き回っている。
「くっ、なんてことだ! 母君に着せられた衣装が派手すぎるし重すぎる!」
調理台の並ぶ厨房に足を踏み入れてすぐ、王子はそう呟いた。
細かな宝石の
「そうですかい? よく分かんねえですけど、お似合いですよ。
どうでもよさそうに返事を返したのは料理長のゴーシュだ。
その言葉に対して、王子は無言で返答の代わりとした。
真剣な顔で厨房の台に並べられた皿の盛りつけを眺めていく。
おもむろに懐から書物を取り出すと、ページをめくり、皿と見比べ始める。
「それはなんですかい?」
「旅行記だ。東の国のヒト族の探検家が書いたもので、色々な国の料理のスケッチが載っている。ヒト族風に盛り付けたいからな。……うむ、僕の頼んだ通りにしてくれたようだ」
「初めてのことなんで、よく分かりませんがね。言われた通りにしただけですよ」
「それがありがたいのだ。僕のこだわりで手間を掛けた。礼を言う」
そう言って会釈する王子のマントがまた揺れる。
ソースが付きそうになったところで、ゴーシュが慌てて皿をどかした。
「お、王子! もう行った方が良いんじゃないですかい? そろそろ食事運ばないといけねえですから! ほら、ワゴンがもう降りて来ちまいましたよ」
そう言ってゴーシュが差した先に、配膳用のエレベーターがある。
ちょうど到着したところで、鈍い音を立てて扉が開く。そこには配膳用の自走術式ワゴンが待機していた。
ワゴンは遊んでもらいたがる犬のように、ぐるぐる回りながらエレベーターを飛び出した。
調理台の横に滑り込むと、早く料理を乗せてくれとばかりにガチャンガチャンと跳ねる。
「ほら、もうこれ以上ここに居ても、おきれいな衣装が汚れるだけですだ! 忙しいから出てってくだせえ! 王女様を待たせたらいけませんよ!」
「しかしまだ心の準備がだな! そうだ! ゴーシュはヒト族式の挨拶というのを知っているか?」
「知りませんですだ! 俺の料理に注文つけたんですから、王子もうまくやるんですよ! 晩餐会を台無しにしたら承知しねえですからね!」
「まったく、うちの王子の内気なのにも困ったもんだぁ」
ひとりごちるゴーシュの横で、落ち着き無くワゴンが動き回っていた。
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