12話 王子とサージウス〜即席マナー講座・1〜

 ※王子とサージウスの話になります。

 ※カトリーヌを部屋に送り届けたサージウス。追い出された王子。




 フェリクス王子はひとり、豪奢な衣装で私室にいた。不機嫌な顔で。

 

 王妃によってさんざん着せ替えられた末に決まった衣装は、重いやら息苦しいやらで気に入らない。

 

 さらに、カトリーヌの部屋の前でサージウスに言いくるめられたのも不機嫌の原因だ。

 結婚前に寝所に入るな、という理屈は分かる。


(でもサージウスなら良いというのか?)

 

 妻になる女性を横からさらわれたようで、やっぱり釈然としないのだ。

 そのうえ、サージウスは中々現れなかった。


(どういうつもりだ、あのお調子者は)


 そんなことを考えて悶々としていると、カトリーヌの部屋からサージウスが戻ってきた。


「おい、遅すぎるぞ。何を話していた」


 さっそくサージウスに絡むと、

「そんなことより、忙しいですよ。今夜には婚礼の晩餐なんでしょうが」

 とかわされてしまう。


「ご令嬢との接し方について、付け焼刃っすけど、これから詰め込んで行きますから! 覚悟してくださいね」


 と、まで言われて肩を掴まれる。


 失礼な、と思うものの、サージウスの迫力に押されて王子は「う、うむ」と頷くしかなかった。


「いいすか王子。目を見て、手を握り、とにかく褒めるんです」


「褒める。なるほど」

 

「褒めるとこが無くても探し出して褒めるんです。ご令嬢を褒めるのは基本の挨拶だと思ってください」


 長椅子に並んで座び、フェリクス王子の手をとりながらサージウスが講釈をたれる。

 王子は苦々しい表情を隠さず、サージウスも男の手になど触れたくないといった風である。


「褒めるところが無くても、など失礼な物言いだな。カトリーヌ王女は、一人で元敵国であるゼウトスに来てくれた。普通の覚悟で出来ることではない。立派だ」


「いや、覚悟を褒められて嬉しいご令嬢は、普通はいないっすね」


「む?」 

 

「髪がどうとか手がどうとかドレスがどうとか、化粧がどうとか声がどうとか、そういうところを褒めるんですよ」


「そうか? 彼女の覚悟と根性はなにより素晴らしいと思うが」


「根性も禁止です。ほら、思い出してください。どんな様子でした?」


「どんなと言っても……」


 王子がやや上方を見て、山道で会ったカトリーヌの姿を思い出そうとする。サージウスの兜も、つられて同じところを見上げた。


「ボロボロだったな」


「ボロボロでしたねえ。……ドレスも裂けてましたし、ヒールも折れてました。手は傷だらけで、髪も乱れて、化粧は落ちてた。けど、頬は白くて柔らかで、声は涼やかでしたね」


 うんうん、と兜を上下に動かすサージウスの横で、王子がジトッとした視線を向ける。


「サージウス。一言言いたいのだが、いいか?」


「なんすか?」


「彼女のことを僕よりも詳しく語るな。そもそもお前がカトリーヌ王女をお運びしたこと、喜んで受け入れたわけではないからな! お前が乙女心がどうこうと、うるさいから……!」


 兜のてっぺんの房飾りをつかみながら、王子がサージウスに詰め寄った。


「それですそれ。俺は王子が分からない乙女心ってやつと、ご令嬢向けのマナーを教えるよう、頼まれてきたんですよね。頼んだの、誰でしたっけ?」


「む。それは、僕だが……」


 サージウスの房飾りを掴んでいた手を離し、王子は腕を組む。


「ですよねえ⁉ 教えろと言ったのは王子! 教わらなくて困るのも王子! オッケー? 真面目にやってくださいね」


「む……わかった」


 サージウスの言葉に、王子は渋々といった風にうなずいた。


「じゃ、続きです。晩餐会にはバッチリ素敵なドレスに髪型、バラ色の頬ってな感じで来てくれますから、適当にそこら辺をめましょう」


「ふむ。だが心にも無いことは言えないからな」


「大丈夫でしょう。俺の見たところ、内面も外見も素敵なご令嬢みたいでした。王子が思ったことをそのまま言えば褒め言葉になるんじゃないすかね。覚悟と根性以外で」


「覚悟と根性以外か……」


「いやあ〜、着飾ったら美しくなるだろうなあ〜、原石だったなあ〜。足の手当ても簡単にさせてもらいましたけどね、小っさい足で、壊れ物みたいに繊細でしたよ」

 

 さり気なく頭上の房飾りをガードしながら、したり顔でサージウスが言った。

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