15話 お城を守る蜘蛛女

 チェリーたちに身支度を整えてもらったカトリーヌは、部屋を見渡してみた。

 日当たりもよくて、広さもある。家具もどれも立派だ。

 

 しかし――、

 

(ホコリがすこし残ってるわ。燭台しょくだいくもってる。空気を入れ替えて、あ、その前にカーテンも洗いたいところ。うん。そうすればもっと素敵な部屋になる。部屋と仲良くなれるわ)

 

 カトリーヌはついお掃除計画を考えてしまっていた。

 カトリーヌは一種の掃除魔なのだ。


 理由は二つ。

 使用人としてずっと働き続けていたので、働いていないと落ち着かないというのが一つ。

 もう一つは、母が口癖のように語っていたことが影響している。

 

 まだ母が元気だった生きていたころ、幼いカトリーヌは旅の話をたくさん聞かせてもらった。

 漂泊ひょうはくの民だった母が旅した色々な場所のこと、旅自体のこと。

 

「私たちは何処にでも旅していくけど、テントを張ったらその周りを心を込めて整えるの。そうすると、場所と仲良くなれるのよ」


「場所となかよく?」

 

「ええ、それが居場所というものなの。だからあなたも、部屋をきれいにしなさい。そうすれば部屋はあなたの味方になるの」


 母を病気で亡くしてからも、カトリーヌは母の言葉を思い出しながらたくさん掃除をした。

 結局、エリン王城で居場所を得られることは無かったけれど、掃除をしていると母の思い出に繋がれる気がして、心が癒されていた。

 

 今、カトリーヌは掃除欲を抑えるしかない。

 さすがに、エリン王国の王女として嫁ぎに来た初日に、掃除をするのはおかしいという自覚はある。

 

 しかし、しかし。

 

(目の前にこんなに磨き甲斐のある銀の燭台しょくだいがあったら、我慢できないじゃない!)

 

「お酢とお湯が欲しいわ……。先ほどの、ゴーシュさん? に言ったらもらえないかしら」

 

 思いついたらもう、頭のなかはピカピカに磨かれた銀のイメージでいっぱいだ。

 今の不安も、きっと掃除をすることで癒される。

 考え始めたらもう止まらない。カトリーヌは取り憑かれたように、部屋の扉を開けた。

 

 そのとき、彼女の目の前にさっと立ちはだかる青い鎧があった。

 鈍い音がして、その後にひたいの痛みがやってくる。

 

「いったたたた……」

 

 出会い頭に鎧に額をぶつけたらしい。カトリーヌは額を抑えてうずくまった。

 

「ひえ、カトリーヌ王女! 大丈夫ですか!」

 

 立っていたのは、首なし騎士のサージウスだった。

 

「すみません。いやあ、食事にお呼びしようと思ったら、突然出てこられるものだから~! ははは! なにかご用事でしたか?」

 

 軽い調子でサージウスがたずねた。

 

「い、いえ。なんでもございません。実は、お腹が空いてしまって、お食事会はまだかなあ、なんて。今日はアフタヌーンティーもしておりませんでしたの、ですわ」

 

 銀を磨くためにお酢をもらいに行くところです、などと言えるはずがない。

 カトリーヌは恥ずかしさを覚えつつ、空腹を理由にした。空腹なのも嘘ではないし、と。

 

「それは気が付きませんで! すみません、お茶の習慣をメイドたちに覚えさせましょう」

 

 笑いながらサージウスが先を行く。

 

「しかしですね、カトリーヌ王女。お一人で城内を歩き回るのは、止めた方がよろしいかと」

 

「すみません、軽率でしたわね」

 

「あ、いやいやいや、責めてるわけじゃないんです! ただ、この城を守る蜘蛛女がいましてね、そいつが城中に糸を張り巡らせているわけです。お一人で行動されると、糸で怪我をされる可能性もあるんです。ご不便をおかけしますけど」

 

「そうなんですね。蜘蛛女さん? がお城を守ってくれるなんて、すごいですわ」

 

「すごいっつーか、半分本能っつーか。この城全体を巣だと思ってんすよ。まあ城の警護は天職ですね。もちろんカトリーヌ様の部屋の周りも警護しないとならないんで、一歩出たらもう糸だらけだと思ってください」

 

「そう、ですか」

 

 「蜘蛛女が巣の仲間だと認めれば、一人で歩くことも出来ますがね、しばらくは一人で歩かない方がいいですよ。誰か呼びつけてください。俺でもいいんで!」

 

 サージウスが明るく言った。

 

(そっか。よそ者なのに勝手に歩き回ろうとしたのは、よくなかったわね)

 

 心の中で反省しながら、大広間での晩餐会へと向かったのだった。

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