第14話

♢♦︎♢



 好きな人に好きって言ってもらえる確率って、どれくらいなんだろう。



 きみと同じ学校に通えるくらい?



 きみと同じクラスになれるくらい?



 オレは、太陽のひかりが自分にだけさすのと同じくらいなんじゃないかと思っている。



「好きだよ。千花」



「わたしも――謙信が好き」



♢♦︎♢



 ――そして、謙信とつき合って一年を迎えようとしている。


「まさかあの恋愛偏差値低かった千花がこんなにラブラブなるとはねえ」


「しかも一周年記念のデートのために気合い入れたいから、ショッピングにつき合ってくれだなんて。あの千花が!」


「うう、言わないで。二人とも今日はほんとうにありがとう」


 ショッピングモールのフードコートでハンバーガーセットを食べながら、亜矢と双葉が感慨深げに言葉をもらす。


 わたしたちは中学三年生になった。


 人によっては受験で忙しくなる時期だというのに、こうして個人的な買い物につき合ってくれる友達の存在に胸が熱くなる。


「まあ千花には今年こそ全国大会に行けるようにがんばってもらわないといけないからね。息ぬきくらいいつでもおつき合いしますよ」


「そのかわりまだウチらを引退させないでくれよー?」


「んん、分かってる!」


 わたしたち女子バレーボール部はというと、去年は県大会までは勝ち進むことができたが、惜しくも全国大会出場一歩手前で敗退してしまった。


 あのときの悔しさを今年にぶつけるため、最近は部活三昧だ。


「そういえば、千花は県内の高校から声かかってるんでしょ? スポーツ推薦で進学するの?」


「まだちょっと考え中。学費とかいろいろあるから、お母さんと話し合ってるんだ」


「二人と高校でも一緒にプレーしたかったな……」


 ポツリと双葉がひとり言のようにこぼした言葉に、わたしたちはしんみりしてしまう。


 亜矢は市内の公立高校、双葉は私立の女子校を第一志望にしている。わたしも含めるとそれぞれバラバラの進路が待っていた。


「もう、そういうこと言わないで。まだ試合残ってるんだから」


「そうだよ。そういうのは全部終わってから!」


 しょんぼりする双葉の肩を亜矢と一緒に叩く。わたしたちはまだなにも終わっていないのだ。


 空気を変えるためか、亜矢が大げさな笑顔をわたしに向けて言った。


「で! そんな忙しい千花は一周年記念日が久しぶりのデートってわけだ! 最近どうなのよ? ん?」


「どうって、別に普通だよ? 部活休みの日に会えるときは会うけど、最近は向こうも忙しそうで」


 そう、最近の謙信は本格的に華道に取り組み始めたことで休日は稽古で忙しくしているのだ。


 あんなに嫌がっていた家業に真剣になり始めたのは、本人が言うにはわたしの影響らしい。


「千花の一所懸命な姿を見てオレも変わらなきゃと思った」


 とのことだ。それはいいのだけれど、二人の時間が減ってしまったことは事実。


(だから次のデートは久しぶりだし、記念日だし、ちゃんとがんばらなきゃ)


 普段のデートといえば相変わらずわたしのジョギングからのお散歩だ。すると当たり前のようにわたしは運動着なわけで。


「さっき買ったワンピ、マジで似合ってたよ」


「そうそう。千花すらっとしてるから大人っぽく見えるし」


「ほ、ほんと? よかったあ」


 学校で二人に根掘り葉掘り聞かれたときに「さすがにもうちょっと気合い入れれば?」なんて言われてギクっとしたけれど、やっぱりこの二人に頼って正解だった。


「服と靴とカバンはもう買ったから――あとなにがいるかな」


 指折り数えるとデートには十分なものを揃えた実感はある。


 おばあちゃんから貰ったお年玉がそろそろ尽きてしまうことを考えると、買うとしたらあとワンアイテムくらいだろうか。


 亜矢がジッとこちらを見ていることに気づき、わたしはオレンジジュースをストローで飲みながら視線を返した。


「リップ」


「え?」


「あー分かる」


 わたしの顔面を見つめる亜矢が出した単語に双葉が頷く。


「千花は顔面強いからほんのり色があればよりいいかな」


「じゃあこれは? はつ恋リップ。うちのお姉ちゃんが持ってるんだけどいい感じだよ」


 双葉がスマホ画面に映したのは、中高生人気ナンバーワンとあおり文がついた色つきのリップバームだった。


(ちょっとかわいいかも……)


 すぐそこのバラエティーショップに売っていそうだ。わたしは自分のくちびるに触れてからこくりとひとつ頷いた。


「そういえば千花ってつき合う前から手繋いだりハグしたりしてるのにキスはまだなの?」


「だっ! だからそれは!!」


 亜矢の直球な台詞にわたしは思わずフライドポテトを取り落とす。双葉はシェーキを飲みながら笑いすぎてむせていた。


 こうして信頼している友達と一緒にいると、ふとひなたのことが頭によぎることがある。


 ひなたとわたしは宣言どおり友達おやすみ中。クラスも違うからあまり会わない。


 廊下ですれ違いもしないのは、向こうがわたしを避けているのかもしれなかった。


 そして、風の噂でひなたと玉之江先輩が別れたと聞いた。


 二人のことを考えると、いまでも不思議な気持ちになる。マイナスの気持ちではないのだけれど、どうでもいいというわけでもない。なるようになった結果なのだと思う。


(まあそれよりも謙信の焦りようが半端なかったからそれどころじゃなかったんだけどね……)


 謙信はわたしがいまだに玉之江先輩に気があると思っているらしく、ひなたと別れたらしいと言うと青くなったり赤くなったりして、しまいにはしばらく離れてくれなかった。


 ひなたとはいつかまた友達として会えるだろうか。


 卒業して、別々の道を歩んで、もしかしたらふとした瞬間に再会したりするのだろうか。


 もしそうだとしたら、わたしの方はきっとうまくやれる気がする。


 ちらりと手元のスマホに視線を落とす。実は最近、亜矢と双葉と一緒にSNSアカウントをつくってみたのだ。


 内容はほぼバレーボールのことだけど、わたしは気づいている。


 初期設定のアイコンのままの『blue_umbrella』というフォロワーが、わたしの投稿に毎回グッドボタンを押してくれていることを。


「亜矢はいいの? 例の推しピは」


 双葉の出した話題にわたしはピクリと耳を傾ける。


 藤井くんに告白されたことはこの二人にも言えていない。特に亜矢には。


 藤井くんの視線はまだ感じるし、なるべく意識しないようにしているけれどときどき怖くなることもあって。一方的に自分に向けられる視線から逃げ出したくなるときもある。


 そういうときは謙信の言葉を信じて自分を奮い立たせている。


 謙信がいる。守ってくれる。そばにいてくれる。だから大丈夫。


「あー。まあ別にいいかなって感じ。高校で新しい推し探すわ」


 あっけらかんとしてジュースをかき混ぜる亜矢に双葉が頷く。


「いいんじゃない。あいつ性格悪いし」


「そ、そうなんだ」


 謙信も似たようなことを言っていた気がする。亜矢が冷めてくれて内心ホッとしている自分がいた。


「二人に好きな人できたら全面協力するから」


「じゃあイケメン紹介してくれー」


「千花こそデートどうだったかちゃんと報告してよね」


 二人の返事に苦笑しながら、わたしは心の中で感謝する。


(ありがとう、二人とも。卒業してもずっと友達だよ)

 


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