二、告白のち溺愛

第4話

♢♦︎♢


 それからというものの、佐藤くんはクラスでもよく話しかけてくるようになった。


 他の子とは明らかに違う――とけた表情と甘い声がわたしに向けられるものだから、わたしと佐藤くんの関係がだだのクラスメイトではなくなっていることに周囲も気づき始める。


「千花ー? なんかウチらに言うことないの?」


「水くさいぞ? ん?」


「うっ」


 昼休みにニヤニヤ顔の亜矢と双葉に挟まれ、わたしは変な汗をかく。


 わたしはちらりと遠くの方で男子たちとおしゃべりしている佐藤くんを見てから、観念して口を開いた。


……………

………

……


「佐藤に告白された?」


「で、まだ返事をしてない?」


 わたしはこくんとひとつ頷く。二人は両脇からわたしの肩をがしりと組み、小さな円陣を作りながら話を続けた。


「千花、いい? あんたにはいま新しいトキメキが必要なの。断ったらもったいないよ!」


「佐藤って最近女子に人気だし、うかうかしてるとまた奪われちゃうよ!」


「ま、またって言うなあ……」


 二人の熱の入った後押しに、わたしはボボボッと顔が熱くなるのを感じた。


「それにしても」と双葉が思い出したように言う。


「あたし佐藤と同じ小学校だったんだけど、ずいぶん印象変わったわ。そもそもちょっと浮世離れしてるようなタイプだったし。あんなふうに千花にグイグイいくとは。けっこう意外かも」


「そうなの?」


 うちの中学校は学区が広い関係で、生徒は三つの小学校から進んでくる。わたしたち三人はそれぞれ別の小学校出身で、佐藤くんは双葉と同じ小学校だったらしい。


「でも千花、玉のこしかもよ? 佐藤の家って超でかい華道のお家元だし」


「玉のこし? か、かどう?」


「おーい双葉、そろそろ千花の脳みそパンクするぞ」


「ごめんごめん。でもあたし応援する」


「うんウチも。佐藤って軽いうわさないし、いいやつそう!」


「ま、待ってよ。勝手に話進めないでってば」


(こうなるから二人に黙ってたのに〜!)


 二人はとにかくわたしをのせる・・・のが上手いのだ。部活のときだって、わたしが沈みそうになったら必ずのせて調子を上げてくれる。


 その部分に関しては二人を絶対的に信頼している。だから二人に話したら、自分の気持ちがのってしまうことが分かっていた。


(どうしよう、わたし……。だってついこの前まで先輩のことを二人に話していたのに。急に相手が変わって二人は呆れないのかな)


「千花の新しい恋を全力でバックアップするよ!」


「だからあんな失恋、早く忘れな? ……大丈夫なフリしてても球受ければすぐにわかるよ」


(あ、そうか……亜矢も双葉も)


(気づいてたんだ。わたしの強がりに)


 強引な後押しも全部、表に出さずに沈んでいるわたしのためだ。


「うん……ありがとう」


「じゃあいつ返事する!?」


「とりあえず二人きりになれるシチュエーションつくろっか!!」


「ねえ亜矢の推しピとダブルデートしてくれば? 3組の藤井ふじいだよね。バスケ部の!」


「やめてよー! ウチはただ顔面がタイプってだけで遠くから見てるのがいいんだからさあ」


「だから勝手に進めないでったら!!」


 そのとき、ギャイギャイじゃれ合うわたしたちのことを、廊下からひなたがじっと見ていたことにわたしは気づかなかった。



 ――その日の夜。わたしはクッションに顔を埋めながら双葉の言葉を思い出していた。


『超でかい華道のお家元だし』


(一方的に家のこととか知っちゃうの、よくなかったかな……)


 わたしたちは話すようになってから日が浅い。だから互いの情報を本人からでなく周りから知ることがあるのは仕方のないことだ。


「ただいまー! ごめん千花遅くなったわあ。お腹空いたでしょ」


「あ、お母さんおかえりなさい。おみそ汁あっためるから先お風呂入ってきて」


「ううっなんてできた娘……!」


 お母さんはわたしを大げさにハグしてお風呂場に消えていく。


 わたしは日に焼けた畳を踏んで、狭いキッチンに立つ。


 母娘、古いアパートに二人暮らし。節約のためにキッチンの灯りはつけずに、窓から差し込む月の光の中でみそ汁をあたためる。


 節約生活に不満はない。大好きなお母さんと暮らせて、大好きなバレーボールを続けさせてもらっている。


(欲を言えば、トイレとお風呂は別々の部屋に住みたいかなあ)


 折りたたみ式のちゃぶ台に二人分のごはんとみそ汁を並べて、お母さんが買ってきたお惣菜をお皿に取り分ける。


「バレー部はどう? 地方大会いつなの?」


「再来月の第二土曜日だよ」


「じゃあ見にいくわね!」


「うん。絶対に先発メンバーに入るから」


 女二人、小さいちゃぶ台を挟んで笑い合う。


 こんなわたしの暮らしは、どうやら外から見ると誤解を受けやすいらしい。親戚には苦労しているとかかわいそうだとか勝手に決めつけられたこともあった。


 だからわたしの家のことは、ちゃんとわたしの口から友達に言うようにしている。


(佐藤くんにも、ちゃんと言おう。お母さんと楽しく二人暮らしをしてるって。こっちだけ向こうの家のことを知っているのはフェアじゃない)


 正直、いますぐにつき合えるほど、こころに余裕がない。またあんなつらい思いをするのならば、しばらく恋愛はいらないとさえ思う。


(だったら友達から、とかはどうかな。もし佐藤くんが嫌じゃなければ――)


『やだ』


「は?」


『いーやーだ!!』


 ちょうど眠るまえに佐藤くんからメッセージがきたから、さっき思いついた「まずは友達から」を提案してみたらこれだ。


 メッセージのやりとりから通話アプリにのりかえて会話を続ける。


「やだってなに!? わたしの精一杯の譲歩なんですけど!」


『オレはちかちゃんの彼氏になりたいの! 友達から〜なんて体のいい断り文句じゃん!!』


「え、そ、そうなの?」


 わたしが考えていたものとちがう解釈に思わず語気を弱める。


『ん? オレいまお断りされたんじゃないの?』


「あっえ、えと」


(どうしよう! ちがうって言ったらおつき合いOKって意味になっちゃう? でもわたし、断ったわけじゃ……)


『ちかちゃーん? ちかちゃんの言う友達からってどういう意味? オレ断られてないの? 期待していいってこと? ……ねえ、教えて?』


「う、あ。ええっと」


 いつもより少し低い、真剣な声。わたしは魔法にかかったかのように頭がまっ白になる。


 じわじわと顔が熱くなるのに反して、背筋は追いつめられたようにひやりとする。心臓がバクバクしすぎて言葉が全然出てこない。


『――ふふ。ごめんねちかちゃん。友達なんていうからちょっとイジワルした』


「へあっ?」


 突然いつものトーンに戻った佐藤くんにわたしはすっとんきょうな声をあげた。そしてあのカラカラ笑う声がしたあとに、優しくて柔らかい声が耳に響いてくる。


『友達じゃ嫌だ。……オレのこと好きになって? じゃあおやすみ、ちかちゃん』


「うっ。おや、すみ」


 通話が終わる。わたしはバフンッと布団に顔を沈み込ませた。


(いまのはやばいやばいやばい――ッ!!)


 そのまま布団に絡まってジタバタするわたしを見たお母さんが


「あら千花。青春ねー♡」


 と茶化してくるのも相手にできないくらい、わたしは自分の心臓の音に参ってしまっていた。



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