第3話
♢♦︎♢
「ちかちゃんって休みの日なにしてる?」
「好きな食べものは?」
「イヌとネコどっち派?」
「ねえねえ、ねえねえ……」
「あ〜もう! どれだけ聞いたら気が済むのよ!?」
――あの後。結局一緒に帰ることになってしまったわたしと佐藤くん。
話題を探そうかと思った瞬間から質問責めがはじまってしまった。
「だってちかちゃんのこともっと知りたい」
さも当たり前のことのように言う佐藤くんに、わたしは反論できなくなってしまう。
「さ、佐藤くんはさ」
「けんけん」
「は?」
「けんけんって呼んで♡」
「絶対イヤ」
ずーんと四つんばいになって落ちこむ佐藤くんを見て、わたしのなかでふつふつと疑問がわく。
(もしも、本気でわたしのこと好きなんだとしたら……なんでなんだろう? 理由は?)
見た目も中身もかわいくない。成績も普通。バレーボールしか取り柄がないわたし。
特に絡みのなかった佐藤くんに好かれる理由が思いつかないのだ。
(もしかしてほんとうは誰でもいい、とか)
その考えに至ったとき、わたしのなかをモヤモヤがかけ巡る。しかしそうなのだとしたらつじつまが合ってしまう。
きっと、失恋直後で弱っているわたしなら、コロッと落ちると思われたのだ。
わたしはむむっと口を結んでスタスタと先を歩く。そんなわたしに佐藤くんはススッと追いついてきて、わたしの顔を覗き込んだ。
「言っておくけど、本気だよ?」
「ぅえっ!?」
心を読まれたような絶妙なタイミングで放たれたセリフに、わたしは思わず飛びあがる。
「疑ってるんでしょ? オレの気持ち。まあ仕方がないよね。ほんとうは誰でもよさそうとか、失恋したばっかりのちかちゃんなら簡単に落とせそうだからとか思われても」
「う、あ、なんで」
(考えてたこと全部バレてる! まさか、佐藤くん……エスパーなの!?)
「ちなみにエスパーじゃないよ」
「ううううそだ!」
ズササササッと後ずさるわたしを見て、佐藤くんはカラカラと笑った。
(あ、)
(そんな笑い方するんだ)
「エスパーだったらちかちゃんのこと全部わかるのにね」
西日が佐藤くんのことを強く照らす。その表情はどこか切なくて、わたしは佐藤くんから目が離せなくなっていた。
「……土曜は午前中部活。午後は体を休めてるか、バレー部のみんなと遊んだりしてる。日曜は朝公園でジョギングして、それから部屋の掃除とか、宿題とか」
「あ、」
「好きな食べものはあまいたまご焼き。動物は耳のたれてるウサギ派」
「ちかちゃん……っ!!」
佐藤くんの頬がパッとピンク色になり、目はキラキラうるうる輝き始めた。長いまつ毛に縁取られた大きな瞳で見詰められて、わたしは「うっ」と声をもらした。
(な、なんか……)
(わたしの百倍かわいくない!?!?!?)
「ちかちゃん、すき。すきだよ」
「あーはいはい」
勝手に女として負けた気分になり、わたしは遠い目をして帰り路を急いだのだった。
♢♦︎♢
家の近くにある広めの自然公園でジョギングをするのがわたしの日曜日のルーティンだ。体をかるく伸ばしてから一定のペースで走る。
(走るのは好きだ。無心になれるから。だけど今日はなんだか集中できない……)
気がつけばわたしは佐藤くんのことを考えていた。
やわらかい目元、長いまつ毛。
ピンク色に染まった頬。
普段のにっこり笑顔とは対照的な、カラカラと楽しそうに笑う顔。
(まあ、たぶん。好きなひとは好きだよね。ああいうタイプ……)
隠れファンが多い理由がわかってしまい、わたしは焦って首をブンブン振った。
(だからって相手のことをほぼなにも知らないのに、告白の返事なんてできないよ!)
『オレじゃダメ?』
脳内で唐突に以前言われた言葉が再生される。
ダメではない、のだと思う。だってすぐにNOが言えなかった。失恋直後でヤケになっていたとそういうのではない。おそらく、純粋にあの告白にときめいてしまったのだ。
「うそ、わたしって単純すぎない?」
なんだかあまり信じたくない事実に気づいてしまった。気を取り直して走りに集中することにする。
ランナー用のコースをぐるぐる回ってから、最後は全力坂道ダッシュ。その後ゆっくりクールダウンをかねて公園の出口に向かう。
(ふー、走った走った。のど渇いたなあ)
「はいどうぞ」
「あ、どうも……?」
突然死角から差し出されたスポーツドリンクを反射で受け取ってしまった。
わたしは相手を確認して仰天する。
「ちかちゃん♡ お疲れさま」
「おわーーーッ!?!?!?」
そこには私服姿の佐藤くんがいた。
おばけでも見たかのように飛び跳ねるわたしに、佐藤くんはぺかーっと笑顔向ける。
「なんでいるの!?」
「日曜日は公園でジョギングって言ってたから、ぶらぶらしてたら会えるかなーと思って。でもまさかほんとうに会えるなんてラッキー! スポドリそれでよかった?何味が好き?」
「ぐ、う、あ、ありがとう」
差し入れをもらってしまった手前強く出れず、わたしはぐるぐると目が回る思いでドリンクに口をつけた。
渇いたのどに冷たい飲みものが染みこんでいく。
(突然現れるからびっくりしたけど。佐藤くん、気がきくんだなあ。なんだかお世話されてる気分……)
わたしはちらりと佐藤くんを盗み見る。
いつもより少しきっちりとセットされた髪。
襟もとがゆったりとしたシャツに、淡い色のズボンがびっくりするほどよく似合っている。
それに比べてなんのかわいげもないジャージ姿のわたし。うっすらと汗だってかいている。
(なんか恥ずかしいな……)
「休日もがんばってるちかちゃんを見れて幸せです」
「なんて??」
両手を胸にあててなにかを噛みしめている佐藤くんにツッコミをいれてから、とりあえず公園内を散歩することにする。
「ねえちかちゃん、連絡先おしえて」
「いいけどわたしギガ少なめだから、Wi-Fi環境下じゃないとあんまりスマホ触らないけどいい?」
「よいです! 節約家なところもまた!!」
ランニングショルダーからスマホを取り出して、佐藤くんと連絡先を交換する。
「うさぎの動画いっぱい見つけたから見て♡」
「わ! ほんとうだ」
佐藤くんのスマホ画面ではわたしの大好きなロップイヤーがすうすう寝息を立てていた。
(もしかして、わたしがうさぎ派だって言ったから探してくれたのかな……)
なんだかこころがむず痒くなる。
「あ、北田?」
そのとき、聞き覚えのある声が私の名を呼ぶ。
ドキンなのかギクリなのか分からない胸の鼓動に、わたしは表情が固くなるのを感じた。
振り向くと玉之江先輩が笑顔で手を上げている。その隣には、かわいいワンピースを着たひなたが寄り添っていた。
「自主トレか? 感心感心」
「あ、お、おはようございます。ひなたもおはよう」
「……うん! おはよう千花ちゃん」
ひなたはわたしのとなりにいる佐藤くんをしばらく見てから、にこりとわたしにほほえみかける。
「はじめまして! ちかちゃんの彼氏の佐藤です!」
「ってコラーッ!!」
玉之江先輩にまで笑顔でホラをふいて突撃する佐藤くん。わたしは慌ててその首ねっこを掴む。
「へえーそうなのか!」
「はいそうです!」
「いいえっ! ちがうんです! 気にしないでくださいっ! あ、そうそう二人はお出かけですか!?」
必死に話題を変えるわたしに先輩が頷く。
「ああ、ちょっと駅前デートにな。ひなたちゃんに聞いたけど、この公園って駅までの近道なんだろ?」
「え?」
(そんなことないと思うけど……抜け道でもあったっけ)
「先輩、千花ちゃんのトレーニングの邪魔になっちゃうしもう行きましょ? がんばってね千花ちゃん」
「あ、うん。また学校で」
ヒラヒラと手を振って二人を見送る。仲よさげに歩く二人を眺めて、わたしのこころは不思議と凪いでいた。
(二人のデートを見てもっと傷つくかと思ったけど)
わたしは遠ざかっていく二人の後ろ姿を黙って見ている佐藤くんに目をやる。
(もしかして、佐藤くんのおかげ……?)
「わざわざ、…………性格わっる」
ポツリと佐藤くんがなにかをつぶやく。わたしはうまく聞き取れずに聞き返した。
「え?」
「ううん! なんでもないよ♡」
パッとこっちを見てにこにこする佐藤くんに、わたしは困惑してしまう。
「オレはやっぱりちかちゃんが好き」
「う、や、やめてよ」
「やめない。告白の返事まってる」
さわりと木々の間を風が抜ける。
どうやら、やっぱり、わたしは佐藤くんの真剣な表情にめっぽう弱いらしい。
♢♦︎♢
今日も千花はかわいい。
日曜日にまで自主トレなんてほんとうにえらい。浮かれてデートをしているようなやつらとは大違いだ。
オレは木陰に座りながら、千花が公園をぐるぐる回るのを眺める。
公園の入り口に向かう千花を見て、自主トレが終わったことに気づき、オレは腰を上げた。
もしも千花に彼氏ができてしまったら、オレはどうなってしまうだろう。
きっと耐えられそうにない。
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