第147話 こんにちは、竜です。
こんなことができるとは、ラーピース・メビウスタ自身、あまり考えたことはなかった。ただ、なんとなく、あれやこれやと画策をめぐらしているくせに最終的には人便りのラナドの馬鹿みたいな計画のことを考えたり、それに乗っている自分のことを思い出したり、何はともあれやっぱりあのココアシガレットとかいうふざけた老人から煙草奪っておけばよかっただとか、結局役に立たなかったスナートの言動を思い出したりしていると、凄まじいストレスが脳を焼いた。
制御、とは違うが、全身から吹き出るあの無駄な煙、〈ヘビィ・スモーカー〉は勝手に渦を巻いてラーピースの周辺を巻いた。
彼は、適当に西を目指して歩いていた。もともとも北東の端、とも言われる場所にいたのだ。そこから西に行けば、いつかぶち当たるだろう。目の前が見えなくても、方角があっていればいい。ラーピース・メビウスタは気楽に歩いた。
人に接することもなく、何か障害が目の前に現れるわけでもない。地面は煙に均され、快適に歩ける。そう思うと、昔から、この煙は、気を落ち着けない以外は煙草の『存在』に酷似していた。煙草は孤独を作る。それは、ストレスだとかなんだとかという個人的なことを含み、世間から自分自身を切り離す行為にも似ている気がした。まあ、喫煙所で延々と講釈を垂れたり、喋ったりするやつもたくさんいるが。
『おい!』
そのとき、耳元で声がした。否、煙に交じって、喋る破片が舞っていく。なんだろう、そう思った時、漸く、煙の中に水気が混じっていることに気づいた。そうか、おれは海にいたのか。
言われてみれば、地面の質が今までと違っている気はする。海底だろうか。それとも、そんなものはもう過ぎただろうか。すると、今度は大いに地面が揺れた。そして、自身を巻く煙の渦が、引き裂かれた。
『おい、逃げろ! もう目的地だ』
「なんだこれ、カーナビか?」
急に耳に混ざる声にラーピースは不快感を隠さない。だが、今までを以て、ラーピース・メビウスタに危害を加えられた存在などなく、よって、煙の渦が裂かれたことに対する警戒すらも薄れていた。故に、その直後、自分に降ってきた膨大な量の空気の塊に反応できなかった。
そう、それは叫んだ。威嚇、或いは脅迫、否、なんだろうか! ラーピース・メビウスタは反射的に耳を塞ぎ、自身を見下ろす巨躯を見つめた。
『東京タワーも、こうしてみるとちいせえなあ』
出先の陸橋から、東京タワーが見えたことを思い出す。スカイツリーなんてもんができたから、否、そもそも、東京タワーは周辺のビルに囲まれ、窮屈に見えたからだが。その点、対手は申し分なかった。
もはや頭など見えない。縮尺の狂った巨大な手が、〈ヘビィ・スモーカー〉を押しのけて、真っすぐに降ってくる。彼の脳の一部が冷静に、あー、これが本物の竜か、と判断していた。
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