第146話 ラナドの回顧

 イアコ・ハイビット。リル・ハイビット。ただの運と、生まれた土地が珍しかったから貴族の養子になった姉妹。否、姉妹ですらないのだろう。顔も似ていないし、身長はあべこべ。きっと、ハイビット家の誰もが彼女の嘘を認めていたはずだ。それでも、ただ珍しいから、それだけで養子にとった。とられた、ただそれだけなのに。


 王宮の選ばれた魔術師しか入館を許されない図書館に入り、勉強を許され、修行を積み、一級魔術師にまでなった。


〈フリント〉なる、歴代の魔術師にもわからなかった奇妙な技術を持っているとか、持っていないとか、もうそういう次元でないのは、誰の目にも明らかだった。彼女達はシンプルに、魔術師として必要な知識、そして自然と融合し、操作する技術に長けていた。


 でも、それがわかるのに、随分と時間がかかった。ラナドが姉妹に固執したのはシンプルに、殺すため、弱点を知るためだったのに。気づいたら妙な対抗心が生まれ、競ってしまっていた。それがさらに、彼女達への憎しみを増大させた。正直、人形で彼女たちの胸を貫いたとき、すごく爽快だった。


『お前に期待することはただ一つだ。図書館などという負債を捨てて、ガーレッシュ家が貴族院に入るきっかけを作るんだ。ファミルの坊ちゃんを篭絡し、貴族に接近するんだ』


 頭の悪い父親だった。ガーレッシュ家は、王国が抱えてきた魔術師の持っていた書物を集め、さらに侵略した土地の知識を書かせた資料が保管された唯一無二の図書館を管理する一族。それ以上でもそれ以下でもない。そのために、幼少から目録を丸暗記させられる。父は、それから挫折した、一族きっての大馬鹿者だ。そんな彼は、ことあるごとに、わたしにそう言った。


 だが、一点、わかることがある。


 全部が気に入らない。そうやって、人に暴力をふるったり、頭を押さえて怒鳴ること。そうなる、気持ちだけはわかった。


『はい、お父様……』


 しかし、ファミル・ハイビットは早々女に靡く男でもなく、わたしもそんな気はなかった。ただ、世界の覆し方なら、知っていた。否、歴代のまともなガーレッシュ家の人間だったら、あの姉妹の〈フリント〉を見たらピンとくるのだ。


 煙の向こうにいた神は、ヤータという人間が問答に失敗して以後、勝手にいなくなる。これが教詩編の内容だが、続きの描写が伝わっている。ハイエルフの回顧録として書かれたもう一つの詩編。


 自身の力を七つに分割し、眠りについた。神が作った最後の一族が力を授かった。神になる。それが彼らの願いだったから。そして、その一族が滅んだとき、神は目覚める。


 たったそれだけだが、火を扱う〈フリント〉と他者の嘘を見抜く〈フリント〉を持つ姉妹が現れて、ラナドは確信した。あれが、最後の一族だ。どちらも、神が行う問答に必須の力だ。神は煙を焚くために、どこでも火を生むことができ、他者との問答に嘘を見抜く力は必須だからだ。そして、彼女の一族が滅ぼされた理由もすぐにピンときた。


 竜は、神を欲して島を襲い、破壊の限りを尽くしたのだと。


 この一文が刻まれた詩編は偽典と呼ばれ、ほとんど誰も読まない。内容があまりにも、人民の統制に向いていない。神様は勝手に自分を裂いて眠りについた。そこに救いはなく、統制にも使えない。そんなものは『宗教』足りえない。魔術師が術に使うのは『一般常識』故、偽典なんて呼ばれるものは知識としても入れない。つまり、これを読むのは、魔術師ではなく、図書館の一族だけだろう。


 故に、先手が打てる。それに、もうわたしにはこれしかない。


 ラナド・ガーレッシュは、島に一番近い海岸にいて、遠くにあっても堂々と見える、真っ黒な柱を見ていた。それが、煙なのか湯気なのか、それとも魔力由来の得体のしれないものなのかは知らない。もはや島ですら小さすぎて見えないのに、それだけがはっきりと、ジガの島の位置を知らせる。


 ジガの島に先行させている人形ですら、島の端にしか潜入できなかった。それ以上近づくと、勝手に体が発火して燃え尽きてしまう。どんな素材を試しても駄目だった。それは、相変わらず島の中央部に鎮座する魔物の遠景をラナドに知らせるだけである。


 しかし、遅い。


 ラーピース・メビウスタを呼んでから、一週間経つ。一人で行くといってラナドの手助けを断った彼に、ついていく気は起きなかった。


 一方、ギゼルの町に残した人形は、これまた遠くから、その救護施設の様子を教える。近づくと魔獣解放戦線が現れて襲ってくる。死んでいるかどうかは、あくまでも外からの観察でしかわからないが、竜の様子と合わせても、まだ生きているに違いない。しつこい姉妹だ。しかし、それが今役に立っているのが少々腹立たしい。いっそのこと、この人形を爆発させて、無意味ではあるが、腹いせに殺してやろうか。そう思った時だった。


 背筋が凍った。なぜだかわからないが、脂汗が額にどっと沸き、心拍数が上がる。


「なに、この臭い」


 動悸が激しくなり、口の中が渇く。はっとして振り返ると、ラナド・ガーレッシュは目を丸くした。


 竜巻。


 ごうごうと、まだあんなに小さいのに、大地を揺らし、抉り、前進している。竜巻は大地を砕く。その振動が、がたがたと地面を揺らしているのだ。ラナドは理解した。


「あれが、ラーピース・メビウスタ……」


 灰色の、天をも巻き込む巨大な竜巻。あれが、数多の天災を打ち砕いた、〈灰を攫う勇者〉の姿なのだ。

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