第145話 ラナドさんの種明かしショー

「派手な出迎えだな」


 ガザゴ仙岳の麓。ガザゴザン砦は、しばらく見ないうちに改築されたようだった。一応都市として人がいたはずだが、今はだれもいない。代わりに、無数の人形が武器を携え闊歩していた。


 結局、ココア・シガレット老人と二度と会うことは叶わなかった。折角なので、スナート・ダイガンの剣を適当に放り、ラーピース・メビウスタは下山したのだ。


「久しぶりだね。どうだい、気は済んだか」


 そのうちの人形の一つ、否、明確に一人。人間がそういった。


「お前が親玉か」


「初めまして、ラーピース・メビウスタ。わたしは、ラナド・ガーレッシュ。ニゴタ王国の貴族院議員、ファミル・ハイビットの秘書だ」


 彼女はそういいながら、フードを下げて顔を晒す。癖の強い金髪を肩口ほどで切りそろえた女だった。とはいえ、あの姉妹と大して年も違わないだろう。


「秘書様が偉い遠いところに来ちまったな。大丈夫か」


「ああ。国では今頃、ファミル様、否、ファミルが大慌てだろう。だが、もう関係ない」


「どういうことだ?」


「神を解放する。その時が近づいている」


「全然説明になってねえ」


 ラーピースは素直に感想を言った。


「あの姉妹は、ジガという島に生き残っていた神が、最後に作った上級人間、ハイヒューマンとでも言おうか。それの末裔だ。ハイオークみたいなものだよ」


「その話、長いのか?」


「知りたくはないのか? あの姉妹が何者だったのか」


「あんまり、興味ねえな。おれは、そのジガの島とかいうのに行けばいいんだろう」

 

 ラナドは目を丸くした。


「話が早くて助かるが……その気なら、急いでほしい」


「なんでだ」


「あの姉妹が、そろそろ死ぬ。正直、ちょっとぞっとした。間に合わないんじゃないかって」


「あの姉妹が死んでからじゃ遅いのか?」


「そうだ。あの姉妹が死ねば、あの姉妹に、否、一族に託されていた神の力が元の場所に戻る。神が去った、という表現は違う。〈フリント〉は神が自身の体を裂いて、人々に与えたもの、つまり神そのものなのだ。ハイヒューマンの絶滅こそが神の復活の条件だ。ハイヒューマンの絶滅をもって、世界に失望した神はもう一度、この世界に審判を下す。世界に火を燈して煙を生む。そして、誰よりも先に、あの島を根城にしている竜が神に謁見し、望みを叶えるだろう。そのあとは、誰にも想像つかない」


「竜?」


「そうだ。ジガの島をあの姉妹が追われる原因になった、『滅ぼす力』を持った最悪の竜だ。本来なら一か所にとどまることすらできない魔物だが、あの島では神の力が目覚めかけている。『滅ぼす力』すら及ばないそれと拮抗し、おかげで久々に眠っている」


「その竜を、おれが殺せばいいのか」


「そうだ。このままあの姉妹が死んで、神が蘇っても、竜がいたら意味がない。とはいえ、殺すのはほとんど不可能だ。唯一経歴に『最も竜に近い魔物』を倒したとある剣士を送ったが、片腕と片目を潰して帰ってきて、そのまま二か月後に死んだ。あの竜は国もさすがに見捨てた魔物だが、お前なら殺せるだろう。弱っていたとしても、お前の力は竜を簡単に押さえつけることができる。予想した通りだった」


「やっぱり、あの谷の事故はお前の差し金か」


「わたしは職業上、様々な世界の伝承に詳しい。あの死にかけた谷の竜のことも当然知っていた。報告は挙げなかったが。君のような有望な人間にぶつけて、力量を図ろうと思っていたからね」


「そんなんだから、姉妹に嫌われるんだな」


「なんだと?」


「いい。聞き流せ」ラーピースは首を振った。


「そうだ、一つだけ言え」


「なんだ」


「お前、橋の上で、なんかおれについても知った様な事を言ったよな? ありゃなんだ」


 ラーピースは重い口調で言った。ラナドはしばし思案したのち、思い至った。


「ああ、あれか。どうやらお前もまた、自分の役目を知らないらしいな」


「お前は知っているのか」


 ラーピースは無意識のうち、がり、と自分の首を掻いた。


「お前は自分を個人として認識しているに違いないが、わたしからすると、お前はもっと別の、異物に見える」


「異物だと?」


 ラーピースはつい反発したが、反論の余地は一切なかった。


「異物は異物だ。だから、世界はきっと、お前は弾きたがっている。なのに、お前はこの世界に居座り続けている。このギャップを埋めるためには、別の力が働いているに違いない。それが、お前の煙だ。水と油は本来混じることがないが、無理やり混ぜればなんとかなるだろう。お前の力はそこから生まれている。無理やり歪んだ世界と、歪んだ原因が必死で世界に居座ろうとするから起きる、巨大な反発だ」


「聞いたおれが悪かった。何言ってるかさっぱりわからない。謝る。謝るついでに、お前の策に乗ってやる。まあ、大船に乗ったつもりでいろ」


 納得いかない、とつい口走りそうになるのを、ラナドは間一髪とどめた。


「いいのか?」


 咳ばらいを一つ。そして努めて冷静にラナドは言う。


「お前が何を企んでいるかなんて知らねえ。ただ、おれはさあ」


 ラーピースはふと足元を見た。


「うまい煙草が吸いてえんだよ。それだけだ」

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