第141話 ちょっと通してくれよ

「ここを通すわけにはいかない。ガザゴ仙岳の先は、魔物の腹の中より危険だぞ!」


「知ってる。だから行くんだろうが」


 ガザゴ仙岳目前、ガザゴザン砦。鬱蒼と茂る森の中、この砦の周辺だけ木が一本もなく、綺麗にならされていた。その広い空間の中で、守備兵が取り囲み、不審者であるラーピース・メビウスタに槍を向ける。しかし、当の本人であるラーピースは、遠く天まで伸びる針のような山々を眺めるのみだった。


「煙は、出てねえな。まあ、見えるわけねえか」


「何を言っている! いいから戻れ。今なら……」


「うるせえなあ。通るぞ。ボウズ、案内ご苦労」


 ラーピースは、ここまでの道案内をしてくれた、近くの村の子供に言った。


「別に。おっさん、死ぬの?」


「さあな。もしも生きてまた会ったら、今度こそ煙草をくれ」


「知らねえよ、そんなもん」


「あ、そう。じゃあ、帰んな」


 そういって、子供を戻す。ラーピースは久々に、外套に、否、コートの袖に手を通し、ポケットに手を突っ込んだ。


「おい、止まれ! 止まらないと、本当に刺すぞ」


「イラつく、やれるもんならやってみろよ」


 ラーピースは頭をぶんぶん振ると、前進する。兵士たちは慄いた。彼にはまるで恐れというものがなく、かつ、自分たちを恐れない理由がなかったからだ。剣は二振り。だが、それらを抜くこともせず、抜こうともしていない。まるで舐められている。


 ――恐ろしくはないのか。ガザゴザン砦を任された我々は、その辺の騎士とは練度が違う。貴重な資源を狙って、ガザゴ仙岳を目指す不届き者は少なくない。彼らを拘束し、或いは殺害するのが役目なのだ。


「どうしますか、隊長」


 立派な角のついた兜の男に、部下が訊ねる。拘束しろ、そういえばいい。そのはずなのに、なぜか隊長はその判断を下さない。彼には、なぜかその男の周辺が不気味に歪んでいるように見えたからだ。或いは、煙だろうか。


「隊長!」


 肩を叩かれ、隊長は動揺した。そして、その動揺のままに叫んだ。


「やむをえん。殺せ!」


 その言葉に、兵士達は大きく後ろに引いた槍を突き出した。ラーピースはそれすら目に入れず、遠くの山を見上げている。


「刺さらない?」


 兵士達は目の前の光景に混乱した。魔術でもないし、男が特別な鎧を着ているわけでもない。ただ、男の体に刺さる寸前で槍が止まっている。


「どけよ。潰れるぞ」


 男は邪魔だと言わんばかりに手をぱっぱと振った。すると、兵士達はまるで水の中に沈められたかのように膝を屈した。まるで鎧が急に重くなったようだった。或いは、巨人の掌が落ちてきたようだった。


「体が……」


「それ以上動くと死ぬからほどほどにな」


 そう言って、男は兵士たちの脇を抜けていく。魔術かとも思ったが、そんな気配もない。騎士たちは呻くばかりだった。

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