第140話 大罪人の助言

 ぱちぱちぱち、と薪が弾ける音がして、ラーピースは目を覚ました。最悪の寝覚めだった。どうやら、草原のど真ん中で寝ていたらしい。ただ、不思議なのは、目の前に焚火があることだった。こんなことをした覚えはなかった。まだ夢の中かとも思う。


「よくこんなわけのわからんところで寝れるな」


 しかし、そんなことはないとすぐにわかった。その向かいに、一人の男が座っている。


「なんだっけ、お前の名前」ラーピースは目をぱちくりさせた。


「スナートだ。ギゼルの町の町長だ。忘れたとは言わせんぞ」


 相手は誇るように言った。そう、その男こそ、ギゼルの町で大立ち回りを演じたスナート・ダイガンだった。


「なんだおめえ、反逆罪とかで捕まってないのか」


「逃げるに決まってるだろう。俺が死刑になんてなってみろ、この国の、否、世界の損失だ」


 ラーピースは内心呆れた。悪夢の方が幾分ましだと思ったからだ。


「あの姉妹のことは知ってるぞ。色々あったみたいだな」


「そうかもな」ラーピースは雑に同意した。


「戻らなくていいのか」


「いい。もうおれにできることはないし、そんなに親しくもない」


「そうか。妙に馴染んでいるようにも思ったが」


「それは、多分……気のせいだ」


「そうか。お前はこの先どうするんだ」


「決まってる。お前みたいなやつに会うと、脳の血管が切れそうになる。その前に、煙草を吸わないとな」


「そのたばこ、についてなんだが」


 どうやら、手のひらで転がされていたらしい。彼の表情を盗み見ると、案の定したり顔でいた。ラーピースの足が貧乏ゆすりを始めた。


「ガザゴ仙岳に行ってみろ」


「あそこ、普通は入れないだろ」


 この国の北東には険しい山々が広がり、さらにそこから北は、魔力の濃度が高く、人間が生存は不可能らしい。そこを彼らは『魔界』と呼んでいる。ガザゴ仙岳はそのちょうど境目にあり、その手前の砦により、以北へ移動すること不可能なはずだ。


「関係ないだろ、俺とかお前には」急に親しげにスナートは言う。


 確かに、ラーピースも一度、ガザゴ仙岳の近くまで行ったことはある。砦も、今更気にするような規模ではなかった。


「まあ、確かにな」イラつきを噛んでラーピースは返事する。


「ならいい。そこで俺の師匠に会え。たばこを持っているだろう」


「なんだって?」ラーピースは思わず食いついた。


「持っているのか」


「持ってない」スナートは言い切った。


「なんだそりゃ。禅問答か」


「師匠は、他人が欲しいものを持っている」


「はあ?」


 つい、ラーピースは唸るような声を上げた。


「神様と取引し、そういう定めにあると聞いた。だから、俺の欲しいもの、つまり最高の剣術を持っているし、俺が師匠を殺したかったから、師匠は死んだ」


「じゃあ、死んでるじゃねえか」


「その通りだ。じゃないと、俺がむかつく」


 矛盾したことを並べ立てられ、ラーピースは内心困惑した。煙草はなくとも、この世界にだってすてきなおくすりはあるに違いない。そういうものをやっているのではないかと疑いたくなる。


「だが、生きている気がする。そう思う。あの師匠は、そういうものだ。俺にとっては死んだ。二度と会えない。だが、お前は違うと思う」


 ラーピースは考え込んだ。


「まあ、行くか行かないかはあんた次第だ。でも、たばこが欲しいなら尋ねてみろ」


「そいつの名前は何だ」


「スティング・つらぬき丸」


「はあ?」


 奇怪な名前に、ラーピースは狼狽した。


「多分、聞いても無駄だ。師匠は、人によって名前が違うと思う。見た目も違うかもしれない。だが、これを渡してやる」


 スナートは自身の剣をラーピースに突き付けた。


「いいのか?」


「その剣があれば、誰の紹介かはすぐにわかる。それは、俺の宝剣じゃない。逃げる前に持ってきた、思い出の品だ」


「思い出?」


「師匠を斬った時の剣だ。だから、それがあれば師匠とも巡り合えるはずだ」


「師匠、ねえ」


 ラーピースは渡された剣をまじまじと見つめた。


「いつか、もう一度戦ってくれよ。万全だったら負けないからな」


「そうかい。煙草が手に入ったら、考えてやる」


 ラーピースはそういって、のっそりと立ち上がった。


「なあ、しかし、本当に行くのか?」


 スナートはラーピースを見上げる。


「……そうだ」


「どんなに急いでも、馬車を継いでも、半月はかかるぞ」


「それが、どうした」


「あの姉妹、そこまでもつかな。最後に、もう一度だけあった方がいい」


「……関係ない」


 ラーピースはさっと背を向け、剣を拾う。都合、二振りを携える。そして、歩き始めた。


「なあ、そんなにさあ」


 それにも構わず、スナートは言葉をぶつける。


「煙草ってのは、大事なものかい」


 ラーピースは何も答えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る