第136話 叙勲騎士
「勲章だっけか。別にそんなもん、いらん」
ラーピースは呆れてていた。特大の溜息をつくと、そのままイアコに背を向けようとする。そんな彼へ、イアコは言葉を掛ける。
「そうですか。でも、ラーピースさん、たばこはいりませんか」
「それはいる。こういう時に要るんだよ」
食ってかかるような物言い、そして何より、すぐさま顔を向けてくる彼の様子に、イアコは思わず笑ってしまった。
「王国が認める勇者となれば、国民は手足のように使えます。この国の隅々まで、否、他国に対してでも、たばこという風習、もの、あるいは類似の何かについて、事細かに捜索することが可能です」
「まじかよ」
ラーピースは思わず身を乗り出した。
「あなたのように世界をほっつき歩かなくてもいいんです。王宮から、使用人付きで家屋と領地が与えられます。そこでお酒でも飲んでいれば、勝手に情報が入ってくるでしょう。いかかですか、受勲というのも悪くはないでしょう」
「酒は飲めないからどうでもいいが、それは、そうだな……」
その言葉に、イアコは苦笑いした。
「見つけたら、たばこという植物、でしたか。それを大量に栽培してもいいでしょう。そして、ご自分のためにいくらでも使ってください。聞く限りではあなた以外には使ってほしくない植物な気がしますので、事業化はお勧めしませんが」
「そうだ。おれ以外に使ってもなあ。碌なもんじゃねえ」
「ならば、あなただけで独占してください。できます。それが、この国の勇者です。いかがですか、いい気分でしょう」
「まあ、そこだけ聞くと悪い話じゃない」
ラーピースはついつい顎に手を当て思案した。
「でしたら、あとは、わたしが一筆、王国へ推薦状を書きましょう。そうすれば、すべて済みます。叙勲騎士の裁量によりあなたは勇者に推薦され、わたし達姉妹は、仕事を全うしたことになります」
「なんか、あっさりだな」
「ええ。そうです。わたし達の仕事、否、『終わり』というものは、たったそれだけなのです。鞄を取っていただけますか」
イアコに言われるまま、ベッド脇に置かれていた鞄を手渡すと、彼女はそこから、分厚く頑丈そうな、真っ赤な封筒を取り出した。まるで薄い箱だった。
「王国の推薦状を入れるものです」
イアコはそれを振って見せ、封筒の中から便箋を取り出した。上質で、こちらも肉厚な紙を使っている。便箋にはあらかじめ何やら文言が書いてあるが、その下にイアコはすらすらと、ラーピース・メビウスタの名前を書いた。
それを再び封筒に入れる。魔術であろう、指でなぞって蝋を溶かし、ぴったりと封をした。
「わたしは、どうやらこれを届けることができません。杖は取り上げられてしまったようですし……」
イアコはあたりを見回して言った。その通り、傍にあっては体に障るものの塊だからだ。
「あなたに、託します。これを、王宮へ。それで、あなたの望みは叶います」
ラーピースはつられるように手を伸ばし、それに触れた。途端、便箋が燃え上がり、一瞬で灰になった。あまりにもあっという間で、ラーピースは声を上げる暇もなかった。
「ふふ、でも、わたしは、あなたを推薦しません」
唖然とする彼を放置して、悪戯っぽく微笑むと、イアコは布団に潜り込んだ。
「いいですか、勇者様とは、〈灰を攫う勇者〉様とは、勇猛果敢、最強無敵で、品行方正。まさに国を代表する英雄でなくてはならないのです。いくら災害級の魔物を、どんなに強い神代の怪物を倒したところで、これを満たさないなら、推薦なんて、しませんよ」
「な……」
絶句するラーピースをちらと見た後、笑い声を漏らしながら、イアコは続ける。
「確かに、仕える価値があるか、考える余地のある国ではありますが、お金をもらっている以上、生かしてもらっているので、裏切ることは考えられません。リルとわたしを、ここまで育ててくれたのです。だからこそ、あなたなんて、不届き者、推薦できません。できるわけがありません」
「……」
「他人のことなんて考えず、自分の欲望に忠実。即物的で短絡的、手も足も震えて落ち着きがない、あなたのような人に勲章を与えては国の名誉に関わる。間違っても、『煙草』なんて言うわけのわからない嗜好品に溺れるクソ野郎に、この国の勲章を渡してはいけないのです。だから、わたしが叙勲騎士である限り、あなたは勇者にはなれないし、どんなにねだったって、たばこは手に入りません。はっはっは、ざまあみろ」
楽しそうにイアコは言い放った。ラーピースの腕が震えた。
「……だから」
「……」
「……だから、わたし達姉妹は、旅を続けるのです」
イアコは布団に深く沈んでいく。
「ずっとずっと、遠くまで。この国の果ての果てまで。イアコとリルは、ずーっと、終わらない旅をするのです。誰にも、邪魔なんてさせません。わたし達は、ずっと一緒なんです。次は、どこに行きましょうか。もっと高くて見晴らしのいい草原や、海なんかもいいですね。今なら、もっと落ち着いて、遠い海原の、ずっと向こうを見通せる気がします」
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