第135話 下手人と最後の仕事

「ラナド・ガーレッシュ、という人がいます。わたしとリルの同期ですが、歳はわたし達より上です。図書館を管理する一族の出で、秘伝の人形を操る魔術が得意な女です」


 イアコは言葉こそ気丈だったが、容態は悪かった。顔も青白く、否、黄色がかってきていた。眼の隈もひどい。


「それが敵だって?」


 ラーピースは聞き返した。イアコは小さく頷いた。


 ギゼルの町、仮設病院。そこに、イアコとリル、そしてラーピース・メビウスタはいた。意外にしっかりとしたベッドの中にイアコもリルもおり、その隣でラーピースは見下ろす形で突っ立って、イアコの言葉に耳を向ける。


 姉妹が刺された直後、二人を抱えてラーピースはギゼルの町まで疾駆した。三人を一目見て、町民らは患者が二人増えることを快諾した。スナートがもともと、町と刺し違える覚悟で大魔物と戦うつもりだった故、医療機関もまさに一流だった。おかげでこうして姉妹は一命をとりとめている。あれから、二日経っていた。


「あの女は陰湿で嫌いです」


 リルはそれだけ言うと、ぐったりと目をつぶった。そしてすぐに小さく寝息を立て始める。その様子をイアコは横目で確認する。


「わたし達を刺したのは人形です。おそらく、吊り橋の上で浮いていたのもそうでしょう。わたし達が胸を貫かれても無事なのは、あの人形がわたし達を刺す、ということだけに魔術的にに特化されていたからで、それ以上のことができないからです」


 お陰で追撃もありませんでしたが、効果は絶大でした、とイアコは付け足す。本来であれば即死に近かったろうに、仮にも一級魔術師としてのの応急処置とギゼルの医療が、二人の命をつないでいた。だが、それで完全に回復するわけでもなく、真綿で首を絞められている、という表現がぴったりの状況が続いていた。


「もういい。黙っとけ」


 ラーピースは深くため息をついた。


「油断、していました。まったく、最悪です。あんな無能にやられるなんて。すっかり、ファミル様の秘書で落ち着ているかと」


「なんじゃそりゃ」


「ファミル様はわたし達の叔父です。ラナドはわたし達の杖に仕込まれた魔術を使って、わたし達の会話を逐次聞いて、監視するのが仕事でした。今思えば、あいつが音を聞いて、ギゼルの町の封印の場所を割り出したのでしょう。足音を分析すれば、どれくらいの距離を歩いたか、どこで曲がったかなんてすぐにわかりますからね」


「スナートのスポンサーはそのラナドってやつか」


「そうでしょう。あーあ、最悪です」


 イアコはそういって、布団を頭まで被った。


「お医者様は、わたし達のこと、何か言っていましたか」


「さあな。おれは保護者じゃない」


「どうせ、長くはないでしょう」


「……」その言葉に、ラーピースは黙り込んだ。


「リルじゃないですが、わかりますよ」


「そうだな。その通りだ。でも、あんたら偉いんだろう。叙勲騎士とかなんとか。だったら、王宮で診てもらえればまた……」


「叙勲騎士、わたし達がどうしてそうなったのか、リルから聞いていますね」


「知らん。いいから、もっといい病院に……」


「もう、見え透いた嘘をつかないでください」


「わかった。わかってる。だが……」


「どうせ、わたし達は厄介者です。王宮で扱いきれない〈フリント〉持ちの面倒な姉妹です。ギゼルの町の皆さんの方がまだ信用できます」


 布団から少し頭を出して、イアコは周囲を伺った。患者がほとんどいないこともあるのだろうが、わざわざギゼルの町は姉妹だけの部屋を用意している。今は三人のほか誰も部屋にはいなかった。


「わたし達は結局のところ、たまたま旅の途中で知り合ったにすぎません。わたし達のことは、事故です。どんなことになっても、気にしないでください」


「……」


 ラーピースはつい顔をそむけた。自責の念か何なのか、とにかく弱っていく彼女を直視できなかった。だが、もそり、と彼女が身を動かす気配を感じ、つい再びそちらを見てしまった。彼女は上体を起こしてラーピースを見ていた。


「おい、あんまり動くな」


「いいえ。リルも寝ていますし、一つだけ」


 イアコは横目でリルを確認する。あっという間に寝てしまったようで、小さな寝息を立てている。本当に弱っているようだった。


「叙勲騎士としての、仕事です。あなたへ、わたし達の最後の仕事をします」


「……」


「〈灰を攫う勇者〉様、あなたの王宮への招聘、ならびに受勲についてです」

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