第13話 眠る前に焚火の前で

 イアコ・ハイビットとリル・ハイビットは結局、バイパの村の下、今朝荷馬車で運んでもらった場所まで降りてきていた。すでに日は落ち、二人は焚火を囲っていた。


「姉上、今更ではありますが、村の不正をネタに、宿で豪遊もありでしたよ」


「通すと思いますか、その提案」


「いいえ。公正明大な姉上のことです。ないことは知っていますが、こうして泥だらけのまま焚火で一夜を明かすのも、なんとも」


「なら、あなただけそうしてもよかったんですよ」


「まさか。わたしの居場所は姉上の傍だけです」


 そういってリルはイアコに寄りかかった。イアコはそれを適当に受けながら、自身の杖の先端に付けた器から手元のコップに水を注いで飲み干した。


「あの男、心残りですか。わたしは後姿しか見ていないのですが……」


 リルは回想する。ネチルを少し離れた木の影に隠した後、蛇にぱくりと食われる瞬間だけだったが。


「いいえ。あの男は愚かでした。酔っていたのかもしれません。自分から喰われに行ったようなものです。どんなに急いでも蛇の腹の中では、もう間に合わなかったでしょうし、早く帰る必要がありました。暗くなるとわたし達はともかく、あの子供と一緒に帰るのは困難でした。周囲にはまやかしに使った毒草の煙も混じっていましたし、魔術を知らない子供ならなおさら長時間の滞在は無理です。正しい判断だとは、思っています」


 沈んだ声で、一気にイアコは言った。


「そうです。姉上は正しい判断をしました。あの男は最初から、死ぬ定めにあったのです。わたし達も弔いに参加すべきだったかもしれませんが、あそこに滞在するのは村人にもわたし達にもよくありません。それに、あのクソガキはどこまでもクソガキですが、ちゃんと愛してくれている両親がいました。あの蛇を売った金で、新しく羊も買ってもらえるでしょう。ハッピーエンドですよ、姉上」


「あの男はどうでしょう」


「心配してくれる人がいたならば、そもそもあんな無謀な行動はしません。姉上じゃあるまいし」


「わたしは勝算がありました。大丈夫ですよ」


 そういって無表情にイアコはリルの頭を撫でた。


「にしても、あの蛇、実は本当に超災害級だったのではないでしょうか」


 リルはふと思ったことを言った。


「まさか。だとすれば、わたしの火で死にますか」


「姉上を見くびるわけではありませんが、死ぬ前のあの蛇、いやに静かだったじゃないですか。それが引っかかるんです。もしかしたら、命を懸けてあの男が、あの蛇の中でなにか奮闘していたんじゃないかって」


「なるほど。リルの考えが本当なら、わたし達は彼の命を犠牲に国を救ったことになってしまいますよ」


「わたしもそう思っているのですが……やはり心得違いのようです」


 リルは、これ以上イアコが考え込んでしまうことが恐ろしかった。


「そうです。たかが三人で押さえつけられるなど、災禍級の魔物の名折れですよ。それこそ、〈灰を攫う勇者〉様がいなければなしえないでしょう。あんな薄汚い、否、ドブ臭い男が勇者なわけがありません」


「げげ、嫌な名前をおっしゃる。もう夜は遅いです。人と獣除けの術を使います。早く寝て、明日にまた、次の場所を決めましょう」


「そうですね。勇者様の現れそうな場所を見定めます。そうです、叙勲されるべきは、国が誇る品行方正、最強無敵で勇猛果敢……」


 そういいながら、イアコの頭はだんだん舟を漕ぎ始めた。魔術師は本来、正面に出て戦うものではない。それをやってのけたのだから、疲労感はひとしおだろう。リルは少し身を乗り出して、杖から取り出した薬草を燃やしてあたりに振りまいた。その煙へ杖を突っ込み印を切る。すると、二人の姿も焚火の炎も真っ黒な影の中に落ち、見えなくなった。

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