第7話 ニコチン中毒が目を覚ますぞ!
「やっぱりな。あいつら、『当たり』だ」
バイパの村の酒場に村人が十人も集まっていた。全員、村の男衆。すでに、今日訪れた二人の魔術師の噂は広がりきっていた。
「イアコ・ハイビットにリル・ハイビット。王宮図書館の卒業生にいるぞ」
村人が持ち寄ったのは、王国の魔術師育成機関が刊行している卒業生の名簿だった。三年前のものに、村人たちは沸いた。
「この年の卒業生はわずか三人。これはいい。使える!」
「しかもハイビットと言えば第五王子のジュドー様の母君、フーリュ様がいるな。これは本当に、ひょっとするとひょっとするぞ」
「ハイビット家の魔術師か……今まで名前を聞いたことがないし。そもそも図書館の出ならそのまま宮廷に召し抱えられるのが常だろう。それがこんなところまで来るとはにわかに信じがたい」
「疑うのか?」
酒場の店主、ターラーは大声を出した。
「おれは見た。あの小娘のもつ杖に、図書館の紋章が刻まれていた。間違いなくこの二人だ。いよいよツキが向いてきたってことだ」
「だけど、目的は〈パッチャ〉じゃないんだろ。叙勲騎士だっけ」
「そうだ。確か、灰がどうのって言うやつだ」
「叙勲騎士については国の刊行物にもほとんど記載がない。確かに、時折叙勲騎士に選出される剣士や魔術師がいるようだが」
一人が古い本をぱらぱらとめくる。
「国の英雄に相応しいものを見定め、勲章を授ける騎士、とある。あの二人については、二年前に選出された、としか記載がないな。その前は二十年前。だが、旅に出る云々はその時にはないし、あの二人については慎重になった方がいいんじゃないか」
「だとして、何に慎重になる? この村に国が認める強力な魔術師が来た。これはチャンスだ。このチャンスを逃す手はない。っていうか、もう手は打っちまったしな。いくら優秀な魔術師とはいえ子供だからな。心配するな、あいつらは必ず〈パッチャ〉を倒しに山頂へ行くぞ」
ターラーが鼻を鳴らした。
「あとは、〈パッチャ〉次第だ。国へ連絡を取る準備をしておこう。お前は手紙を用意しろ。なるべく緊急性が伝わるようにしっかり書け! さあ、忙しくなるぞ!」
「何に忙しくなるって?」
にわかに沸き立っていた男たちが静かになった。酒場に入ってきた一人の女の一声が、あっさりと男たちの熱気に冷や水を浴びせた。
「エスト! 知ってるか、この村に国から魔術師が来たんだ。これはチャンスだぞ」
「何がチャンスだよ。あんた、ネチルに何か吹き込んだね」
「そりゃそうだ。おれ達がなにかいうよりも、子供の言葉の方がみんなよく聞くからな。今回もあいつはあの魔術師に話しかけたな?」
「知らないよ。だけどあんたがいつもそうやって子供に吹き込んで剣士様へけしかけてるから、そうかもね」エストは同意した。
「それより、そのネチルがいなくなったよ」語気を強め彼女はそういった。
「なんだって? まあ、どうせ羊のところだろう。早く迎えに行ってやれ」しっし、と追い払うようにターラーは言った。
「あいつの羊はこの前、〈パッチャ〉に全部食われただろう。今あいつの両親が必死で探し回ってるよ」
「……そんな、焦ることはないだろう」
「あんた、やりすぎたんだよ。村に来る魔術師や剣士を焚きつけるのに子供を使って、あいつはもう、自分でやるしかないって思っちまったんだ」
「そんな、子供だぞ。そこまで考えるか」
「なら、自分で見つけるんだね。わたしは果樹園の方にも声を掛けてくるから、お前たちも早く探しに行きな!」
「大変だ!」
ゆっくりと立ち上がった男たちの元に、もう一人。酒場に駆け込んできた。
「ネチルの、ニコルの家から剣がなくなってるらしい。こりゃ、本当にネチルが〈パッチャ〉のところに行ったぞ」
村の男衆の顔が凍り付く。
「ほら。罰が当たるんならあんたらがよかったのに」
エストはそういって酒場を後にしようとした、そのとき、なんとなく歩を止めた。気配、とでも言おうか、首筋を巨大な獣に舐められたような緊張感が走る。
それを感じたのはエストだけではない。酒場にいた村人全員が感じた。そして、皆一様に、同じところに視線を送った。
「う、うぉえ。うっ」
気味の悪い声。
酒場の隅、ずっと眠っていた黒い塊が目を覚ましたのだ。
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