第5話 道端にいる未成年(子供)

「姉上、最初に宿を確保したらいかがかな。わたしはその方が面白いと思いますよ」


 そういいながらリルは酒場を振り見た。さらに、上から覆い被さり、イアコの肩に頭を置いた。


「やめなさい」


 イアコは肩のリルの頭を無理矢理どかす。


「礼拝を済ませたら宿を探します。この村の司祭様には挨拶した方がいいでしょうし。長くいることになりそうなら村長も探しましょう。宿があるので、部外者にも多少は好意的だとは思いますが」


「大丈夫ですよ。〈真っ赤な背景に白い文字〉の騎士団すら暖かく迎え入れた村です」


 やれやれ、とリルは首を振った。


「確か少し登ったところと言っていましたよね」


 そういってイアコは石で舗装された道を見、そして、すぐ傍の木の影から二人を覗く視線に気づいた。


「司祭様に村長、村の子供。仲良くする相手に事欠きませんね」


 そういってリルは鞄からお菓子を取り出し、木の影にいる子供に向かって振って見せた。近くの町、ブードロで購入した菓子である。この村であれば珍しかろうとリルは踏んだ。だが、子供は動かない。なれば、もう一つ。すると、子供は漸く身を木の影から乗り出す。相手は十歳にもならない男の子だった。リルは笑いそうになるのをこらえながらしゃがみこんだ。すると、今度こそ子供はリルの前に寄ってきた。服装からして男の子だろう。寄ってきたとはいえ、まだ警戒を解いていないらしい彼は、暗い顔をしたまま、リルを見た。


「わたしはリル・ハイビット。こちらは姉上のイアコ・ハイビット。君は?」


「ネチル」


 そういって彼はリルの持つお菓子をさっと奪った。


「そうかあ。ネチル君か。しばらくお姉ちゃんたちはこの村にいるからよろしくね」


 リルは両瞼にたっぷりと笑顔を湛えてそう言った。


「あんた達は魔術師か」


 思ったよりも冷ややかな反応が返ってきてリルの表情が凍り付いた。


「そうですが。何か気になる事でもありますか?」


 イアコは訊ねた。


「魔術師は役に立たない」


 ネチルきっ、とイアコを見上げそういった。


「姉上、締めころ……」


 ネチルに見えないようにイアコは杖でリルをついて静かにさせる。


「〈パッチャ〉のことでしょうか」


「そうだ。たくさん魔術師や剣士が来たけど、みんな役に立たなかった」


「残念だけどねえ、お姉ちゃんたちも役には立たな……」


「それは申し訳ありません。同じ魔術師としてすまなく思います」


 リルの言葉を止めて、イアコは言葉を続けた。


「ですが、皆、向き不向きもあります。彼らをあまり悪くは言わないで下さい」


「あんた達は?」


「向いていないですなー。わたし達はとーっても弱いので」


 リルはつーんとそっぽを向く。


「役立たず」


 ネチルはそういい放つと、貰った菓子をリルに叩きつけた。あぎゃ、と奇怪な悲鳴を上げ、不安定な姿勢だったリルはそのまま後ろにひっくり返ってしまった。


「お前達が金も力もある癖に、役立たずだから、僕の羊はみんな食われたんだ」


 ふん、とネチルは鼻を鳴らし、そのまま走り去った。


「ふざけやがって。ド田舎のドクソガキめ」


 リルは憎々し気にそういうと、起き上がって地面に落ちた菓子を拾った。


「そういわないでください。上位の魔物に思うところがあるのは大人も子供もないということです。もしかしたら家族にも不幸があったのかもしれません」


「はあ。全く。どこぞの雑魚魔術師にも困ったものです。命を大事に、分を弁えてどこぞの山奥で薬草でも練っていればいいのです」


「それはその通りですが。では、聖堂へ向かいましょう」


 イアコは切り替えて、リルへ手を差し伸べた。

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