第4話 酒場に来る未成年2
「あーあ、姉上ええ」
姉の堂々たる名乗りに、悲鳴のような声を妹、リル・ハイビットが上げた。
「叙勲、騎士?」
「隠すようなことはないでしょう、リル」当然、と言った口ぶりでイアコ・ハイビットが言った。
「ですが、目立ちますよ」
「わたし達は国の命を受け、この世界各地で災害級の魔物を討伐した勇者様を王宮に招き、国の英雄として勲章を授けるために捜索をしているのです。王国は〈灰を攫う勇者〉様こそ、災害級の魔物から何度も国を救った英雄として、捜索をしているのです」
イアコが胸を張った。
「名乗った以上、この村には全面的に協力を要請するところですが……」
そういいながら、彼女は店を見渡した。静かな店内。まだ昼と言うこともあるかもしれないが、すでに村に入った時点でにぎやかさがないことを彼女は知っていた。
「姉上にも良識があったことに感謝します。店主殿、というわけでしばらく滞在することになりますのでよろしくお願いいたします。そんなにご迷惑はお掛けしません」
「えっと、では、お二人がその、勇者様がこの村で勇者様を見つけたら……」
急にかしこまって店主は言った。
「もちろん、国より褒章があるでしょうが、無理は不要です。宿泊する場所さえあれば結構です。宿があれば一番ですが」
「宿はあります。とびきりのが。あと、先ほどシャシャとおっしゃいましたね」
急に店主は早口になった。余程国の紋章が効いたのか、とイアコは内心辟易した。
「はい。〈灰を攫う勇者〉様はシャシャで大海月〈ローホー〉を討伐したと推測されます」
「でしたら、参考になるかはわかりませんが、あの男の話を聞いてみたらいかがでしょう」
「あの男?」
イアコとリルは、ターラーの指が差した方を同時に見た。店の隅、その暗がりに、ひと際黒い何かがあった。
「どちら様ですか」
店主へ、慎重にイアコは訊ねた。
「人かも怪しいですよ、姉上」
「旅人らしいですが、剣も持っていません。無口な男でしたが、どこから来たと訊ねたら、シャシャの海から、と」
「なんと!」
イアコは大声を出した。
「いるじゃないですか、嘘つきですね」
リルはじっとりと言った。
「本人がそう言っているだけかもしれませんので」
「しかし、このタイミングでシャシャから来たとなれば、もしかしたら本当に勇者様なのでは……」
と、いいつつ、イアコはその店の隅の黒い塊を凝視し、押し黙った。
「姉上、いかがです、憧れの勇者様ですよ。ほれ、抱き着いたりしてはいかがかな」
愉しそうにリルはいった。
「……あれは、多分ただの浮浪者でしょう。ですが、何か知っているかもしれません」
近づかなくてもわかる。黒いだけではなく全身がゴミだらけだ。よく見ると蠅も飛んではいないか。イアコは落胆していた。
「確かに。まあ話だけでも聞いてみましょう。わたし達はその勇者様との行き違いを防ぐためにシャシャに寄らず真っすぐここまで来ましたので。情報は貴重です」
「起こしても?」
イアコは店主に訊いた。
「はい。ただ、起きるかどうか」
店主言葉を背に、イアコはすっくと立ちあがり、浮浪者に近寄った。そして、思わず鼻をつまんだ。
「海から来たことは間違いないようですね」
顔を背けてイアコは言う。
「うーん、凄まじい磯臭さ。いやあ、故郷を思い出しますね」
そういいながらリルも天井を仰いだ。
イアコは杖の石突を浮浪者に向け、しかし、石突でつつくことすら躊躇った。全身本当にゴミだらけな上、袖のようなものもついた変な外套である。臭くて汚い、虫も湧いている。最悪である。
「えい」
躊躇っている姉を見かねてか、リルは爪先で男の頭を蹴り上げた。
「いったっ」
そして声を上げる。リルが。
「そうなんですよ。重いんです、その男。持ち上げることも、引きずることもできません」
後ろから店主が言う。先に言ってよー、とリルは泣いた。
「いつからこうなんですか」
「昨晩からです。睡眠薬が欲しいというので、店で一番強い酒を渡したらこうなりました」
「生きてはいますよね……」
「はい、姉上。聞こえているでしょうが、息しています」
男は頭をまるで抱え込むようにして丸くなって寝ている。顔の周辺を外套で覆っているため、表情はおろか呼吸音も聞こえない。だが、
「あの……喫煙所ってどこですか? 外階段から下って一階ですね。少し遠い、はい……」
よく聞いていると、どうやら寝言を言っているらしい。だが、何を言っているかはわからなかった。
「余程地方の言葉でしょうか?」
リルは首を傾げた。不可解なワードが多く、リルの眉間にしわが寄った。
「あの、この人は西から来た以外には?」
「なにも。大分体調も悪いみたいで、ずっと咳もしてましたし、全身が震えていました」
「なんかそれ、ヤバいやつなのでは」
「何かが焦げたような臭いもしますね。煙の祝福なら悪いものではないと思うのですが。リル、起こせませんか」
えー、と抗議の音を発するリル。
「気付けの種は貴重ですよ」
リルの嫌そうな態度を白けた様子で見、少し考えるとイアコは口を開いた。
「剣も持っていない浮浪者の話は当てにならないでしょう。この村に聖堂はありますか」
「あります。ここから少し上の景色の良いところです。でも……」
「ありがとうございます。リル、行きましょう。お世話になりました」
そういってイアコは店主に挨拶し、店の出口に立った。
「わかりました。それでは、お世話になりました」
リルはターラーに手を振り、姉に続いて店を出た。二人がいなくなったのを確認すると、ターラーは店の裏へ走った。
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