第一章 灰皿転がる丘の上
第3話 酒場に来る未成年1
昼前。閑古鳥の鳴く小さな酒場に、二つの小さな影が来店した。店主、ターラー・ハイガーは、
「開店前だよ」
と冷たく突き放した。
二人は顔を見合わせた。逆光でシルエットしかわからないが、おそらく女。それも二十もいっていない子供だろう。この店の客ではない。だからそういったのだが、二人はなぜか動かない。気になってよく見ると、彼は思わずこぼれそうになった、小さな悲鳴を慌てて飲み込んだ。
ターラーの目を引いたのは二人の持ち物、特に杖だった。全体的に異様に太く、持ち手にはそちらがメインと言わんばかりの装飾がついている。服装は地味な色の外套で、旅人らしく大きめの荷物を負っている。すると、最初の対応を間違えたかもしれない、とターラーは思った。
だが、幸いなことに引き返す様子はなく、二人のうち一人、背の低い方がずい、と前に出、そしてカウンターに座った。ターラーの目の前だった。
「水を、二つ」
高慢な態度を覚悟したが、案外普通だった。否、心得てはいる、とターラーは理解した。彼女は金貨を三枚もカウンターに置いたのだ。水だったら樽三つでも足りないだろう。
ターラーは水をグラスに注ぎ、二人に渡す。もう一人の少女はすでに着席しており、最初の彼女より早くグラスに口をつけた。
「まどろっこしいのはいい。要件を聞く。その前に、水だけじゃなくて酒もいかがかな」
「不要です。ですが、話が早くて助かります。要件は人探しです。ここ数日、西から来た人はいませんでしたか?」
背の低い方はグラスに目もくれない。彼女の顔つきはシャープで整っており、綺麗という表現がぴったりだった。目は青灰色で、ずっと冷ややか。口元は薄く引き締まっており、笑顔はあまり想像つかない。髪色は黒茶色のダークカラー。ストレートの髪を短く肩口より上で切り揃えていた。
「いや、知らないな。そもそもここは旅人が来るようなところじゃない。実のところ、もう半年以上お前達みたいなのは見てないんだ」
このバイパという小さな村は酪農、特に羊で成っている。高名な聖堂があるわけでもなく、ただ標高が少し高いだけ。立ち寄るのは物好きか、或いは、
「探しているのは旅人ではなく、剣士か、魔術師です」
彼女は静かにグラスに口をつけてそう言った。やはり、とターラーは内心ほくそ笑んだ。
「やっぱりな。待ち合わせか? 今度はあんたら、って考えていいのか」
この村に旅人は来ない。今や、羊や乳製品などを買いに来る業者すら最近は怖がって上がってこないのだ。だが、その代わり、半年前までは別の職種の人間でバイパは溢れかえった。
「まだ、あの〈サーペント〉、否、〈パッチャ〉は生きてる。ついこの間も羊と住民がやられた。今行けば、誰よりも早くあいつを倒せるぞ」
嫌でもターラーの声が明るくなる。だが、彼のテンションに反し、彼女は落ち着きを払って言った。
「ご期待に沿えず申し訳ないのですが、わたし達は本当に、ただ人を探しているのです。お気の毒ですが、〈サーペント〉と戦うなんてとんでもない」
「じゃあ、その杖は何だ。あんたら、魔術師だろう。それも、かなり位が高いな」
ターラーの視線は、彼女の杖の持ち手にあった。地味ではあるが、かなり凝った彫刻がされている。
「それはそこらの田舎で魔術を学んだ奴らが持つ杖じゃない。もしかしたら、王国の図書館の出じゃないか」
「ほら姉上、そうやって見せびらかすからです」
背の高い彼女はそういい、
「わたし達は戦いませんよ。賞金稼ぎではないので」とさらに付け足す。
背の高い彼女は、低い方よりもどこか顔つきも丸くて可愛らしい。瞳は緑の、しかしどこか暖かい色で眠そうに垂れていた。口元はふっくらとしており、突き放す言葉とは裏腹に、どこか笑顔が似合いそうであった。かつ、姉と異なり、髪色は真っ黒な中にブルーのパステルカラーのメッシュが入っていた。髪質も癖毛なのかカールが強めにかかっている。体型もすらりと長く、きちんと背を伸ばせば、別の仕事ができそうであった。
「その通りです。魔術師にもいろいろいまして」
姉上、と呼ばれた背の低いほうが続けていった。
「国からの派遣じゃないのか」
「国の討伐隊だったらもっと多いか、一人だけとびきりのを寄越しますよ」
なぜか自慢げに、背の高い妹のほうが空のグラスを揺らした。
「そうか。やっとこの村にも国から魔術師が来たのかと思ったが。本当にお前たちは戦えないのか」
「残念ながら」
そういって姉が顔をそらした。
「なら、何をしに来た」
「だから人探しですって」
妹は首を振った。
「つまり、この村にしばらくは留まる気かい」
「そうですね。まあ、きっとすぐに目的の人は現れるので、そう長くは滞在しません」姉の方がそう言い、
「どうだかなー」妹の方はこう言った。
「誰だ、その目当ては」
小さな村だ。この先のことにも関わる。ターラーは慎重だった。
「〈灰を攫う勇者〉様ですよ。ご存知ないですか」
「知らないと思いますなあ」妹はため息をつく。
「ゆ、勇者? それはどういうことで?」
「その質問はそれはそれでよくな……」妹が何か言いかけたが、その言葉はすぐにかき消された。
「ご存知ないのですね!」
妹の声を遮り、姉は声を張った。思わずターラーが後退る。
「北の雪山を崩した大岳潰しの大熊の魔物〈エオンエオン〉を八つ裂きに」
「南の海から現れた巨大魚にして赤獣〈ベイマ〉細切れに」
「フラーナの湖を蒸発させた雷の子〈ナフラーネ〉をねじ切って」
「ピカウ平原の岩の魔物〈ブアウ〉を砕き、そのほか全国の魔物を悉く討伐し、しかして懸賞金の受け取りどころか名乗りもしない幻の勇者、それこそが〈灰を攫う勇者〉様です」
「そうそう、その呼び名はですね、目撃者によると巨大な灰色の竜巻のようだった、という証言や、彼が戦った後には塵一つ、灰一つ残らないということからつけられたものでして!」
「フムン、確かにここは交通の便がよくはありませんが、そんなことも知らないのであれば、ここは一つ王宮に……」
「姉上、もうよろしいかと」妹の方がそう言って姉を止めた。
「えっと、その灰がどうかしたなんとかってのがいるのはわかったが、それがなんでここに来るって知ってるんだ?」
「それはもちろん、西の港町シャシャに出た大海月〈ローホー〉が討伐されたからです!」
興奮気味に姉の方が叫んだ。
「〈灰を攫う勇者〉様は、ずっと近隣の大魔物から大魔物へと移動しています。すると、〈ローホー〉の次に近い大魔物といえばここの〈パッチャ〉に違いありません!」
そういいながら、ばんばんとカウンターを叩く彼女を、ターラーと彼女の妹は実に冷ややかな瞳で見つめていた。
「姉上。〈パッチャ〉は実際に被害者が出ている魔物です。そうやってイベントごとのように扱うのは……」
そういって彼女は少し俯きながらターラーを覗き見た。
「いいえ、気にしないで結構です」
素早くターラーは言った。
「しかし、本当に来るんですか、その灰の勇者……」
「〈灰を攫う勇者〉様です。失礼、先ほどは興奮しすぎました。謝ります」
「そうです。最悪です。もっと謝れ」
「それで、なんで、えーっと、灰の、その勇者様を追いかけてるんで?」
ターラーは言葉を濁しながら言った。
「それはもちろん、わたし達、イアコ・ハイビットとリル・ハイビットが叙勲騎士だからです」
姉の方=イアコ・ハイビットはそういって杖の持ち手を掲げる。見紛う事なきニゴタ王国の紋章が刻まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます