迷い人への小さな親切
こんな人気の無い店に俺と同じようなタイミングで来店か。
まあ、十中八九ティアだろうな。
「よお、お前も来たの……か」
半ば決めつけながら入り口に振り返る。
そこに立っていたのは、
「——すんません、人違いでした」
白髪に黒メッシュが入った灰眼の少女プレイヤーだった。
アバターだから特段気にならないが、現実で対面したらちょっとだけついビビっちまいそうな程の鋭い目つきをしていた。
「……ううん、大丈夫。気にしないで」
落ち着きのある澄んだ声色で少女——ヤミは短く返す。
怒ってない……とは思うけど、なんか妙な圧力を感じるのは気のせいだろうか。
……気のせいってことにしとこう、うん。
「あの……武器を見せて欲しいんだけど」
「うん、いいよ。……はい、これカタログね」
「ん、ありがとう」
一言礼を告げてからヤミは、出現したウィンドウに目を通し始める。
(……ここぼったくり店だけど、教えた方がいいのだろうか)
ちょっとだけ思い悩む。
見たところヤミは初期防具に袖を通している。
差し詰め俺と同じで昨日から新規参入したプレイヤーってところだろう。
そうなると女性NPCの言う訳ありって感じではなさそうなんだよな。
俺やティアみたく利用客が多そうな……というかメジャーな店を使いたくないって逆張りが働いたか、それとも何か別に事情があると見るべきか。
どちらにせよ、まあこれからぼったくられる可哀想なプレイヤーってことには変わりないけど。
(どうっすかな……)
親切心を働かせて事実を教えてやるべきか——いや、それよりも今はメイン側にセットする武器選びに集中しよう。
そこまでしてやる義理もないしな。
そう結論づけたところで、俺はウィンドウに視線を戻すことにした。
——今のところ、方向性としては二パターン考えている。
まず一つ目としては、ショットガン以上に射程の長い武器を持つことでより中距離への対応力を上げるというもの。
俺も安定して中距離で戦えるようになれば戦略の幅が広がるし、アイツら……特にティアとの射撃陣形が組みやすくなる。
問題はレンジの適正を捨てることになるのと、そもそもの大前提として俺のクソエイムでもちゃんと扱える武器があるかどうかってことだ。
適切に使いこなせなきゃセットする意味がないどころか、武器の切り替えとか選択に余計な意識を割かなきゃならない分、咄嗟の判断が遅れたりミスる可能性もある。
そうなるくらいなら使う武器は一つだけに限定した方がマシというものだ。
それから二つ目の案は、片手で扱えるような取り回しの良い近接武器でより白兵戦を有利にする、だ。
そうすればショットガンじゃ対応できないような素早い敵も対処できるようになるし、無理に銃とか盾でぶん殴らなくてもMPの消費量を抑えたまま戦える。
とはいえ、これはこれでポジションの適正を無視することになるし、何より近接戦闘における間合いの有利を自分から捨てることになる。
一応、近距離での戦いに自信がない訳ではないというか、寧ろ人並み以上にはやれる自負はあるけど、上には上がいるって事をソマガで嫌と言うほど思い知らされたからな……。
こっちだと運用するにしても対雑魚狩り用とかになるだろう。
「んー……どうしたもんか」
とりあえず……予算には結構余裕があるし、安いやつを何種類か適当に買って実際に試してみるのが一番早いか。
このまま考え込んでも良い落とし所が見つかりそうにないし。
という訳で、クソエイムでも扱えそうな武器を幾つか選択。
そのまま購入ボタンをタップしようとして、直前に何気なく周囲を見回すと、ヤミが眉間に皺を寄せながらカタログを睨めつけていた。
随分と難しそうな顔してんな……やっぱ予算がキツいのかね。
まあ、チュートリアルを終わらせたくらいじゃ心許ないわな。
それに雑魚狩りして金策するにしても、フィールドにポップするモンスター相手だとあんま稼げるわけじゃないし。
………………よし。
ダメ元で試してみるか。
「なあ、ちょっといいか」
武器を購入するついでに、女性NPCに小声で話しかける。
「どうかした?」
「一つ相談っつーか、頼みたいことがあるんだけどよ。アイツに俺の割引権を適用させる事って可能だったりする?」
「んー……キミがそれで良いっていうのなら出来るよ」
マジか、対応可能なのかよ。
普通に無理だと思ってたけど、意外と言ってみるもんだな。
「でも、どうして?」
「多分だけど、アイツはアンタが金を巻き上げる対象の傭兵じゃない。それなのに高い値段で買うハメになるのは可哀想だと思ってな。それだけだ」
理由を答えれば、ふーんとNPCはニマニマと目を細める。
「……言っとくけど他意はねえぞ」
「分かった、そういうことにしておくよ」
「ぜひそうしてくれ。……あ、あとこの事は本人には伝えなくていいからな。つか言うな」
別にアイツに恩を売りてえわけでもないし。
言うなれば俺からの小さなお節介……要はただの自己満だ。
あと別の理由として、素性も知らない相手からいきなり親切にされても、素直に受け取られるかどうかは怪しいところだしな。
普通に何か裏があるんじゃないかと勘繰って断られる可能性が高いだろう。
「そんじゃあ、買うもんも買ったしそろそろ行くわ。またいつでも依頼受けるから、必要になったら声かけてくれ」
「了解。また来てね」
インベントリに武器が収納されてるのを確認してから、俺は店を後にした。
————————————
ここの店に限らず、NPCと交渉する事で商品の値引きや買取価格を上げてもらうなどの対応をしてもらうことは可能です。
成功するかどうかは、その人の折衝のやり方や内部データ(こっちの方が重要)によりますが。
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