盾であり鉄砲玉であり

「本当に……何なの、あの子ら?」


 陣営の奥、未開領域を覆う崖に設置された高台の上、Bランクプレイヤー”シモノ”が呆然と声を漏らす。

 彼女が覗くスナイパーライフルのレンズ越しに映るのは、変わった構成の三人組だった。


 現在、彼らが対峙しているのは、憐憫のロボズハンドラーのHPが残り二割を下回った際に召喚するモンスター——”スレイロボ”。

 分類としては通常モンスター扱いではあるが、単純な戦闘能力だけで言えば同ランクのオーバードにも匹敵するアンノウンだ。


 見たところ戦っている三人のランクはF……恐らく、今日がログイン初日のルーキーという可能性が高い。

 全員、初期武器ではない事から幾らかレベルは上がっているのだろうが、真正面からまともに戦えば、まず間違いなく彼らが負けるだろう。


 そんなシモノの見立てとは裏腹に、戦闘はまさかの三人組優位に進んでいた。


 散弾銃を手にした盾使いの少年がグランロボの攻撃を一手に引き受け、魔法も使える少年双剣士が逐次ダメージを与え、罠使いのガンナー少女が二人の行動をサポートする。


 やっている立ち回り自体はシンプルだが、個々人の技量と連携の練度が異常なまでに高い。

 低レベルで戦闘が成り立っているのは、間違いなくこの二つの要因が重なっているおかげだった。

 どちらか片方が欠けていたのなら、きっとこうはいかなかったはずだ。


 それだけでも十分に……いや、そもそもスレイロボとの戦闘になっている時点でおかしいと言わざると得ない。


 あのモンスターと戦うには前提として、憐憫のロボズハンドラーのHPを二割以下まで削り、取り巻きのホロウウルフを倒さなきゃならないのだから。


(このままだともしかすると……)


 頭の片隅に勝利の二文字が浮かんだところで、パーティーメンバーのサイヒから通信が飛んでくる。


『シモノ! 向こうの様子はどうなってる?』


「今の所は問題なし。……というか、問題がなさ過ぎて却って不気味なくらいよ。現場を指揮してる彼にはそう伝えておいて」


『何よ、それ。……まあ、いいわ、了解。もうちょっとで特殊ウェーブも終わるはずだから、シモノは向こうの援護に回っていいわよ。遠いけど、射程圏内でしょ?』


「ええ、確かにそうだけど……経過観察だけに留めておくわ。余計な手出しをしたら逆に戦闘を崩壊させてしまいそうだから」


 本来だったら、ここから彼らの援護狙撃に入るつもりだった。

 強引に戦闘へ介入する事になるとはいえ、確実に彼らより自身の方が高い火力を叩き出せるだろうから。


 だが、三人で完結した連携にシモノが攻撃を差し込む余地はどこにも無かった。

 彼らと直接コンタクトが取れない現状で無理矢理狙撃を試みようものなら、高確率で三人の内の誰かを誤射してしまう恐れがある。

 そうなれば、今までの全てが台無しになりかねない。


(——もどかしいけど、スレイロボの相手はあの子らに託すしかなさそうね……!)


「……でも、最後の足掻きには気をつけて」


 監視は続行しつつも、シモノは元々のターゲットへと狙いを定めるのだった。






   ◇     ◇     ◇






 首だけ狼の突進を受け止めたことで大盾が無惨に砕け散る。

 パワーガードとパリイと素の受け流しで威力を限りなく抑えているにも関わらず、これでもう六度目の破損だ。


「うぉっ!? 想像ついていたけど、やっぱ威力パねえな、おい……!!」


 新調したとはいえ、安物には変わりない。

 どれだけプレイヤースキルで補おうにも、敵の攻撃によっては容易くぶっ壊れる程度の耐久値しかないのが実情だ。

 都度MP消費するのは痛いが、すぐに作り直せる仕様が無かったら、ここまで単身での耐久はかなり厳しかったと思う。


 ——こればかりはゲームの仕様に感謝だな……!!


 とはいえ、すぐに盾を再形成しようにも、首だけ狼は俺を喰らおうとすぐさま追撃の噛みつきを繰り出してくる。

 頑張ればギリ回避が間に合うかもしれないが——、


「……っ、ティア!!」


「はいはーい!」


 ティアがマシンガンをぶっ放すことで妨害に入ると同時に、俺も後ろに跳び退きながらスプレッドショットで仰け反りを狙う。

 これで首だけ狼の行動を止められるわけではないが、急所を狙ったティアの銃撃と至近距離での散弾のコンビネーションは、僅かながらに動きを鈍らせることには成功する。


「っし! ——ゼネ!!」


「分かっている。光芒弾ルクス・ブレト


 直後、ゼネが射出した光の弾丸と共に首だけ狼の懐に潜り込み、魔法と斬撃の一人コンボを成立させると、攻撃後の隙を埋めるようにティアの援護射撃が首だけ狼に追い討ちをかけてみせた。


「ナイス!」


「これくらい当然だ」


「——っ!? ゼネくん!!」


 しかし、喜んでいられたのも束の間。

 首だけ狼が離脱を図るゼネに向かってガバッと大口を開いた。

 ここに来て初めて見る行動だった。


「……ちっ!」


 口元には赤黒い光が収束し、限界までエネルギーが溜まりきった瞬間——口腔から強烈な光線が解き放たれる。

 飲み込んだ全てを蒸発させるほどの熱量を持った光線は、真っ直ぐとゼネへと襲い掛かる——、


「っだオラァ!!」


 ——やらせねえよ!!


 寸前、俺は大盾を構えながら強引にゼネの前に割り込む。


「ぐっ!!」


 大盾と光線の刹那の衝突——どうにか防衛には成功するも、作り直したばかりの大盾がまたも消し飛んだだけでなく、左腕の感覚まで無くなっている。

 視線を落とせば案の定、左腕が丸々消失していた。


「チッ、やらかした……! けど、全員生きてるからよし!!」


「……悪い、助かった」


「気にすんな! お前らが存分に攻撃できるよう介護すんのが俺の役割だからな!」


 それに取り返しのつかないレベルの痛手は喰らっちまったが、状況としては最悪ってわけでもない。


 今の攻撃の反動と疲労からか、首だけ狼の動きが止まっている。

 奴としてもそう易々と放てるような攻撃ではないのだろう。


 絶好の攻撃チャンスに加えて、あれが奴の切り札だとするのなら、残りHPはそう多くは残っていないはず。

 だったら、逆にここで一気に押し切れば俺らの勝ちだ。


「ゼネ! ティア! これで決めるぞ! 俺が一発デカいの叩き込むから、二人も最大火力を叩き込む用意しといてくれ!!」


「分かった」


「オッケー!!」


 俺の指示に応えるや否や、ゼネは両手それぞれに光球を生成し、ティアは二丁目のマシンガンを形成する。

 どちらも中距離からの攻撃——ゼネが魔法を選んだのは恐らく、ティアがデュアル持ちで乱射しまくった方が総合的にダメージが高くなると読んでのことだろう。


 あれは味方が近くにいるとやれない攻撃方法だからな。

 それと単発火力であれば、斬撃より魔法の方がより強力なのを繰り出せるってのもあるかもしれない。


(……ま、何にせよ、どっちも準備が整ったっぽいな)


「よし、ぶっ放すぞ! ティア、まだ地雷残ってるか!?」


「うん、あるよ! ゼネから見て三時の方向に一つ!」


「了解! じゃあ……行くぞ!」


 そして、地雷が埋まっている地点にぶっ飛ばすように位置を調整してから、俺は首だけ狼に向けてスプレッドショットを撃ち放った。




————————————

スレイロボは、二つ名が付いてないだけで実質オーバードみたいな敵です。

そりゃまあ、オーバードの主人をパックンチョして力を取り込んでいるので当然と言えば当然ですが。

憐憫のロボズハンドラーが個と群の両方の性質を兼ね備えているのは、スレイロボが要因となっています。

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