未開領域に踏み入れて

 フィールドを突き進んだ先、高さ百メートル近くある切り立った崖の下に広がるのは、アンノウンが跋扈する危険エリア——未開領域。

 景色は今し方通ってきたフィールドと変わらず、何もない荒野が視界いっぱいに続いているだけだが、湧いているモンスターがさっきと打って変わっていた。


 チュートリアルで戦ったスラッグスライムやマンティピオン、ハーリスタスが雑魚敵みたいな感覚で湧いている。

 うん、なるほど……噂に違わぬ魔境っぷりだ。


「マジでスライムとかゴブリンみたいな感覚で湧きまくってるとは」


 今更ながら、今のレベルでここに来たのはミスだったんじゃないかと思わなくもないが、折角ここまで来て帰るのもなあ。

 何気に移動時間もそれなりにかかったわけだし、帰るにしてもアンノウンと戦って死に戻りした方が手っ取り早い。


 勿論、生還できるに越したことはないけど……まあ、あまり期待しない方が良いだろうな。


 それと他に一際強そうなのがちらほら見受けられる。


 現時点で視認出来るのは、筋骨隆々な四本腕の獣人モンスターや背中に山のような岩石が生えた巨大なブラキオサウルスみたいな奴。

 それから——そのブラキオサウルスの軽く十倍以上はあるであろうミミズに似た超巨大生物。


「うっわ……何だよ、あれ……!?」


 かなり遠くにいるから正確には分からないけど、確実に数百メートルはあるぞ。

 いや、下手すりゃ千メートル以上あるんじゃないか。


 最早あそこまで巨大だとモンスターっていうより、動く災害って表現の方が合ってる気がする。

 とはいえ、あの超巨大ミミズがいるのはここから大分離れたところだ。

 エリアの奥まで進むか、奴が想定外のことをしない限り戦闘になることはないだろう。


 ……つーか、あれだけ巨大だとそもそも気づかれないか。


「ま、いいや。とりあえずエリアの中に入ってみるか」


 目的はアンノウンがドロップする魔晶だ。

 ヤバそうな敵には気づかれないようにしながら、チュートリアルで戦ったうちのどれかを倒せばいい。

 最低でも一体……二、三体倒せれば御の字だろう。


 そんなわけで、俺はインベントリからピッケルを取り出す。

 鉱脈から鉱石系のアイテムを採掘するのに使うのが本来の用途だが、使い方次第ではこういう断崖を無理矢理降下するのにも役立つ。


「これで落下死したら笑えねえけど……多分、大丈夫だろ」


 崖を飛び降りて少しだけ間を置いてから、手にしたピッケルを壁面に引っ掛けることで落下速度を緩める。


「——ぐっ!?」


 ピッケルを握る右手にかなりの振動と衝撃が伝わってくる。

 気を抜けば手から抜け落ちてしまいそうだが、ある程度まで距離を稼げればそれで十分だ。

 HPとDEFにパラメーターを多めに振ってあるから、多少の落下ダメージは耐え凌げる。


 そうして残り十メートルを切った辺りでピッケルを手放し、強引に着地を決めれば、未開領域への侵入完了だ。


「落下ダメは……うっし、ほぼノーダメ」


 これはDEFの賜物だな。


 ちなみにこれは正規の入り方ではない。

 ちゃんとした方法で入るのなら、防衛戦線が建設した砦の関門を通る必要がある。


 けど、そのやり方で入るには防衛任務か遠征任務を受けていないといけないし、それで入れたとしても採集した魔晶はエリアから戻る際に回収されてしまう。

 だから依頼をこなすには、今みたいな感じで本来とは異なるルートで侵入しなきゃならないってわけだ。


「なんかマジで密猟感が増してんな……」


 なんて呟いていると、


『——警告。危険度の高い適性反応を多数確認。直ちの退避を勧奨します』


 ご丁寧にアナウンスが警鐘を鳴らしてくれる。


 初心者が間違って格上の敵に挑まないように設定された仕様だと思われるが……生憎、退路ないんだよなあ。

 それに危険なのは百も承知でやって来てんだ。


「——そもそも、これしきで怖気づいて帰れるかよ」


 気を引き締めて、エリア内の移動を開始する。

 うっかり敵の索敵範囲に入らないように注意しながら、戦う相手を慎重に見定める。


 狙い目は動きが鈍い奴、次点で速攻撃破が狙えるレベルで耐久が脆い奴。

 そんでもって終始確実に一対一で戦える場所にいる奴だ。


 ただでさえ力量差があるというのに、一対多数になってしまうとこちらの勝率が大きく下がってしまう。

 鬼軍曹の言葉を信じるなら、本物のアンノウンはチュートリアルで戦ったのよりも二十倍は強いとのことだからな。

 流石に盛りすぎだと思うが、安定は取れるだけ取るに越したことはないはずだ。


「アイツは……ダメだな、他のやつが近い」


 一番の狙い目はスラッグスライムなんだろうけど、何気に群生する性質があるのか、そんなに離れていない位置に別のスラッグスライムの姿がある。

 戦闘の展開次第で簡単に索敵範囲に入ってしまいそうだ。


 途中で乱入されるわけにもいかないから、他の奴にした方がベターっぽいな。

 となると……マンティピオンかハーリスタスのどっちかになるか。


 この二択であればハーリスタスの方がマシだな。

 甲羅の装甲は滅茶苦茶硬いけど、ひっくり返せさえすれば後はヌルゲーだし。

 一応、マンティピオンも行動パターンを把握できてはいるから、ハーリスタスが無理だったとしてもどうにかなるだろ。


 などとつらつら考えながらエリア内を歩き続ける。

 一体で逸れている敵を見つけては、行くか止めるかの判断を何度も下し、ようやくゴーサインを出せるようなターゲットを発見する。


 ハーリスタスだ。

 近くに敵影は無い……絶好のシチュエーションだ。


「よし、それじゃあ早速——」


 両手にそれぞれ武器を形成し、先制攻撃を仕掛けようとした。

 ——その時だった。


「いやあああああっ!!!」


 マシンガンを担いだ水色の髪の少女が絶叫を上げながら、四本腕の獣人モンスターに追いかけられる光景が視界に映った。




————————————

未開領域は全周くまなく断崖に囲われていて、地続きになっているのは、各陣営のフィールド内に一箇所だけです。

そこに蓋をするような形で砦を建設することで、アンノウンが外に抜け出るのを防いでいます。

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