武器屋からの依頼

 脳内で今後のプランを立てつつ、ウィンドウと睨めっこを続けていた時だ。


「……何、キミもしかしてお金持ってないの?」


 ふいに店番の女性NPCが訊ねてきた。


「いいや、そういうわけじゃないんだけど。ちょっと予算が……な」


「ふうん……ま、ちゃんと代金さえ払ってくれたらそれでいいんだけど」


 女性はフーッと紫煙を吐き出す。


 というか何気に煙の再現度やべえな。

 ちょっとだけタバコの匂いが漂ってくる。


「ところでキミ……なりたての傭兵でしょ。どこか部隊とかには所属してるの?」


「まあ、一応は多分? ついさっき新人訓練ってのを終えたばかりだけど」


「そっか。じゃあ、期待の新人くんってわけだ。なら、それなりの腕はあるってことか……」


 そう言うと、女性は俺に視線を向けてくる。

 口元には怪しげな笑みが浮かんでいた。


「ねえ、ちょっとキミに頼みたいことがあるんだけど……いいかな?」


「ん、なんだ」


「集めてきて欲しいものがあるんだ。これなんだけど」


 女性がカウンターの下から取り出したのは、赤紫に光沢を放つ鉱石だった。


 サイズは手のひら大といったところか。

 宝石だったらバカみたいな高値が付きそうだ。


「これは?」


「アンノウンの体内で生成されるマナを大量に含んだ結晶——魔晶。アンノウンは知ってるよね?」


「大雑把には」


 アンノウンはさっきチュートリアルで戦ったモンスター達の総称だ。

 鬼軍曹がちょいちょい「我がセプス=アーテルに侵攻を仕掛ける不届きな輩」と言っていたように、四つある陣営の拠点に度々襲ってきて、日々、防衛組織とアンノウンとの防衛戦が繰り広げられている。


 ——なんてことがTips集に書かれていた。


「でも、なんでこれを集めてくる必要があるんだ?」


「簡単に言えば、民間の市場に流通しないから……だね。アンノウンとの戦闘で回収された魔晶の大半は、防衛戦線や未開領域探索機関の手に渡っちゃうから民間には滅多に出回らないんだ」


 未開領域探索機関……ああ、遠征組織のことか。

 確かこっちからアンノウンのいるエリアに探索することも出来たんだったか。


「それだとなんかまずいの?」


「基本的には何もないよ。防衛戦線からも探索機関からも魔晶は買い取ることは出来るから。それも結構お手頃な価格でね。……でも、彼らが魔晶を取引するのは、あくまで自治区内の信頼できる企業に対してのみ。それ以外は相手にもしてくれない」


 あー……なんか話が読めてきた。


「なるほどな。要するに欲しくても手に入れることのできない奴らに売りつける為に集めてこいってわけだ」


「うん、そういうこと。横流しだと簡単にバレるから、自分たちで魔晶を集める必要があるわけだけど……アンノウンが生息する領域は、民間人が立ち入ることが許されていない危険地帯——そこでキミのような傭兵の出番ってわけ。あ、ちゃんと報酬は弾むよ」


 ふむ……理屈は分かった。

 仮に組織に所属していたとしても本質的には独立したプレイヤーなら、報酬次第で組織のしがらみ関係なく動ける駒になれる。


 とはいえ、気になる点は幾つかある。


「別にやるのは構わないけど、俺にリスクを冒す以上のリターンはあんの?」


「……リスク?」


「アンタに従えば、表立って活動できないような組織とか企業に魔晶が渡る可能性があるってことだろ。それがもし防衛戦線とかにバレたら確実にめんどいことになる気がするんだけど」


 話を聞いている限りだとやってることは密猟に近い。

 合法か違法かといえば多分違法……もしくはかなりそっち寄りのグレーゾーンといったところだろう。

 だからもし魔晶を裏で取引しているが防衛戦線とかバレたら、高確率でペナルティを下される気がする。


 それがどんなペナルティなのかは……そもそもあるのかどうかも実際にその時にならないと分からないけど。


 あと間接的にとはいえ、何かしらの悪事に手を貸すことになりかねない。

 目先の利益に眩んだばかりに、回り回って俺自身に悪影響が及ぶのであれば、下手に手を出さない方が賢明な判断ではある。


「そこは安心していいよ。キミ自身がヘマをしない限りは、防衛戦線にも探索機関にも気付かれることはない。だからキミにとっても悪い話じゃないはずだよ」


「受けることによるリスクは気にしなくていい、と。……けど、それだけじゃ足りないな」


「というと?」


「デメリットが無かったとしても、アンタに売ることで得られるメリットが俺に特にないってことだよ」


 魔晶を渡すことで得られる利益が同じくらいなら、普通により合法なやり方を選んだ方がいいに決まっている。

 問題ないとは言っていたけど、そのまま鵜呑みにするわけにもいかないし。


 危ない橋を渡るのに相応の対価がなければ、引き受ける価値はない。


「そうだね、キミの言うことにも一理ある。だったら……こんなのはどうかな」


 女性は手にしたタバコを灰皿に潰して消火してから提案する。


「——もしキミが私の依頼を引き受けてくれるのなら、前払いとして武器を一つ提供してあげる。それから……うん、そうだな……これからここで購入する武器を割引きもしてあげてもいい。どうかな、これなら悪くないと思うんだけど」


 言って、女性はにこりと微笑んでみせた。


 武器一本と今後の武器代割引き——短期的、長期的どちらから見てもこちらに十分なメリットはある。

 でもこっちに都合が良すぎるような気がするような……言ってしまえば、かなり胡散臭い。


(——くそ、どうする?)


 今後の事を考えた上で受けるか断るか……どっちが正解なんだ。

 答えを出すのに更に頭を悩ませるのだった。




————————————

ぶっちゃけここの店で売ってる品は、他で買うよりもちょっとだけ割高だったり。

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