284話 彼女たちの、後追い

「……本当に、やるの? だって」

「えみちゃん」


そこは、マンションの最上階。


るるが、えみが、ちほが――短いながらも「彼」と過ごした、場所。


「ごめんね。 でも、もう我慢できないんだ」

「るるさん……」


「女神と魔王」の戦闘により、この世界へ魔王軍が侵攻してくる――そんな危険が現実味を帯び、武器の携帯が許可された。


だから、彼女は自分のフル装備を身に付けている。


クセのない剣に、動きやすい鎧。


「呪い様――ノーネーム」で、いつも苦労していたゆえにたどりついた、彼女の軽装備。


「ちほちゃんも、ごめんね。 私、おかしいって分かってるんだ」


かちゃり、と、見るともなく上げた拳を覆う籠手を見つめる。


「分かってる。 これが、小さい頃にノーネームちゃんのいたずらで――お母さんとお父さんが、血まみれになっちゃってから、ずぅっと抱えてたせいなんだって」


彼女の足元には、身の丈もあるリュック。

その中身は――夜営道具に2週間分の食料。


それ以上のものは、ない。


2週間を超えて生きようとは、思っていない。


「迷惑かけちゃうからって、えみちゃんを振りほどこうとして……でも、優しいえみちゃんは私のこと、気にしないで仲間にしてくれた」


彼女の顔は、頬がはっきりと痩けている。

食事が、喉を通らなくなって、長いから。


「みんなに不幸不幸って。 それまでの腫れもの扱いから、一気につっこみどころ満載の配信者っていうのになって。 それでも、すっごく救われてたんだ」


夕日の差すその部屋は、「彼」の遺した状態そのままだ。

彼が、「ノーネーム」にいざなわれて向かう、前日のまま。


最後に読んでいた本、最後に空けていたお酒――最後に着ていた服。


「でも、あの日。 私は、ハルちゃんに――ハルさんに、春海さんに、助けてもらった。 優しすぎるからって、依存した。 春海さんが、大人の人だからって――甘やかしてくれるから、甘えてた。 嬉しかった。 ――好きだった」


夜営用のシートの上で、靴を履いている彼女。

その顔は――少しだけ、ほころんでいる。


「でも、そんな春――ハルちゃんは……また。 また、私を助けようとして、遠い遠いところに行っちゃってる。 無事だって知ってるよ? 結構楽しそうだって、知ってるよ?」


つけっぱなしのテレビからは、国会中継――数十分前に老人が旅立ち、それについて好き勝手に話しているコメンテーターたちの声。


「でも。 でも、ダメなんだ。 あのおじいさんが、あのときのおじいさんが、あんなことしちゃって。 コメント欄で、連れてかれた先が――もしかしたら、ハルちゃんの居る場所に近いんじゃないかって」


静かな部屋に、関係ない人間たちの関係ない会話が響く。


――投薬とカウンセリング、なによりも友人の存在でぎりぎりで保っていた、彼女の自制心。


それは、視聴者――もはや大半の国民――たちの会話の中で生まれた、可能性が高いと思えてしまう「願望」に破壊されていた。


「だから、もう待てない。 私も……せめておじいさんと同じくらいには、ハルちゃんに近づきたい。 そこがたとえ」


「戻って来れないとしても?」


「まだ、ないない……誘拐先が、ハルさんたちの近くだとは」


えみとちほがそう言うも、きゅっ、と靴紐を締めて――困ったような笑みを浮かべる、るる。


「うん。 分かってる。 分かってるけど……気持ちが、もう、抑えきれない。 大好きなハルちゃん、大切なハルちゃん。 あの人に手が届く可能性があるんだったら」


ざっ、と立ち上がり、テレビを消す彼女。

その目は、はっきりと夕日を映していた。


「私、ハルちゃんが居なくなってからぶりに、はっきり考えられてるんだ。 私の気持ちも、みんなの気持ちも。 でも」


振り返り――少しだけ伸びた髪の毛をなびかせ、宣言する。


「私は――行くよ。 ……大丈夫」


彼女は、まだオフになっている配信用機材を触り。


「ノーネームちゃんは、いたずらのこと、ごめんって言ってる。 あれから何度でも、私が言えば助けてくれる。 ――だから、ないないされても……その先で死んじゃうって言うのは、多分、ないんだ。 そうでしょ?」


遠い場所に居るハルのそばで実体として存在しているらしい、ノーネーム。


彼女――彼女?――彼女は、そんな状態でも「るるが名前を呼べば、目の前のモンスターたちへ不幸を押し付けてくれた」。


だから。


「ちゃんと、戻ってくるよ。 ハルちゃんと会えても会えなくっても。 だから――」


「――じゃ、私たちも行かなきゃ、ね」

「ですね」


「……え?」


想定していなかった会話に、るるがあっけにとられる。


怒られるか、泣かれるか、説得されるか――そのはずだったのに。

だからそこで初めて、るるの眉間が緩む。


「どっちみち、るるの場合は名前を呼べば……そうでなくとも、ハルさんのコメント欄に、ノーネームの反応しそうな言葉を書けば連れて行かれるのだもの」


「どうせ、止められない。 もう何ヶ月の付き合いです、分かってますよ。 いつかこうなるとは……って、えみさんと」


えみが、虚空から――るると同じサイズの荷物や、装備品をちらりと引き出す。


「え……それって」


「あの会長さんに、ね。 もちろん、ハルさんのきちゃない袋さんには負けるけど」


「ぶふっ」


「………………………………」

「………………ごめんなさい」


「…………ふふっ。 ちほちゃん、変なとこで吹くの、変わらないね」


「るる……久しぶりに笑ったわね」

「……ごめんなさい。 私、どうもおかしな言葉がツボみたいで……」


3人は、しばらくのあいだ――意味もなくおかしくて、笑い転げ。


そして。


「……ノーネームちゃん」


2人と手を繋ぎ合ったるるが、その「願い」を口にする。


「――お願い。 ないない、して?」


その一瞬ののち、「彼」の部屋には、床に敷いたシート以外に――――「彼」が出立した日と変わったところは、何も存在しなかった。



◆◆◆



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