207話 飲み込まれた僕たち

ノーネームさんが、崩壊していく。

翼の先からぼろぼろと。


ノーネームさんが、加速していく。

ぐんぐんと、ぼろぼろと。


「……やめてください。 僕なんかのために死なないでください」



【拒否】


【泣】


【止】



何回そう言っても、ますます速度を上げて自壊していくノーネームさん。


「……ばか。 ノーネームさんの、ばか。 僕なんかのために」


【ノーネームちゃん……】

【ハルちゃん……】

【ハルちゃんの声……】

【泣きそう……】

【普通に悲しまれてる……分かるか爬虫類  これがハルちゃんからの信頼度だぞ……】


【草】

【死体蹴りで草】

【ハルちゃんを無理やり自分のものにしようとした爬虫類と、ハルちゃんを命がけで助けようとしてるノーネームちゃん  どっちが大切かなんて当然だろ】


もう視界の大半――横も真っ暗。

なんにも見えない。


ただただ、魔力が吸われていく渦が見えるだけ。


「……っ! ……あっ」


魔力の流れが僕たちを不規則に揺さぶる。

それはまるで飛行機で乱気流のときみたいで。


【あっ】

【あ】

【きちゃない袋が!】

【きちゃない袋さん】

【きちゃない袋……】

【とうとう洗ってもらえなかったきちゃない袋……】

【かわいそう】

【でも、あの中にハルちゃんの全てが】


僕の大切な袋が、吹き飛ばされていく。

僕の大切なものが、いろいろ詰まった袋が。


「……昨日空けたお酒、まだ吞みきってなかったのに……いいやつだったのに……あ、本のタブレットとかも」


【草】

【えぇ……】

【そうじゃないでしょハルちゃん……】

【ハルちゃん、絶体絶命なのにやっぱ天然さんね】

【ああ、命より大切な酒だからな】

【アル中の鏡】


【アル中じゃないはずだぞ  多分】

【一応晩酌だけだからな、まだ……ああ、昼間っからちびちび吞んでたわ】

【草】

【ま、まぁ、地下で起きてからしばらくはほとんど吞んでなかったし……】

【戦闘中は吞んでなかったから、手は震えてないし……】

【スナイパーでアル中になって、吞まないと戦えないとかもうおしまいだもんな!】

【お前ら……】


ものすごい風で、前に向き直るのもひと苦労。


髪の毛が顔に張り付く。

こういうときほどに、この長い髪の毛切っちゃいたい気持ちはないね。



【推】


【HARU】



【お?】

【!?】

【ノーネームちゃん、今ハルちゃんって】

【初めて呼んだな】

【どうしたノーネームちゃん】


「……ノーネームさん?」


目の前、遠くの方にかすかな光。


……お別れの言葉かな。


「……そうですね。 今まで、ありがとうございました。 なんだかんだ、楽しかったですよ」


うだつの上がらない、けども気楽な男として無難に学校生活を送って卒業して、お仕事に就いて。


まぁそれなりに、人並みに苦労しつつどうにか慣れてきて、なんか最近流行ってるダンジョン潜りに手を出してみて、楽しくてハマって。


で、なんでか女の子になっちゃって。


ほんとう、なんでか。


……願いの泉みたいなのからしてノーネームさんのせいなのかとか、いろいろ聞きたいことはあったけども……もう、どうでもいいよね。


この体になってから1年くらいはいろいろあったけども、あのアパートにひとり暮らしで……案外楽で。


ノーネームさんにいじめられてたるるさんと遭遇して、助けたら助けられて猫かわいがりされて。


ヘンタイさん……えみさんっていうのを発見してもぞもぞしてて、九島さんにお世話されて適度に管理されて。


リリさんとも出会って、まだよく知らないうちにすごいダンジョン攻略させられて1日中うなじの匂い嗅がれて。


……そうしてまたひとりぼっちになって、未知のダンジョンで新鮮な気持ちで楽しんで。


そうしたらトカゲさんに求愛されて、お持ち帰りされそうになったらノーネームさんが助けに来てくれて。


「……悪くない、人生でした。 まだまだとも思いますけど、これまででも充分、楽しかったです」


でも、もうおしまい。


まぁ普通の人にはできない経験ばっかりして来たし、充分過ぎる人生だろう。


少なくとも僕は満足だ。


【ハルちゃん……】

【これでおしまいなの……?】

【だって、これはどうみても……】

【あのときにるるちゃんの配信観てたときの、あの気持ちが……】

【ああ、もどかしい……】


【あの爬虫類の最後っ屁のせいで】

【おのれ爬虫類!】

【けど良い爬虫類さんもいるよ  ノーネームちゃんって言うんだけど】

【草】

【お前ら……】

【だって、せめて笑いたいじゃん  泣いた記憶でさよならなんて】

【ああ……】


もう目の前のずっと遠くにしか明かりはない。


ほとんど暗闇。


真の暗闇。


真空。


そういやここでも息できてるのなんでなんだろうね。


まぁいいや、あと数秒で、



【存在】


【捧】


【護】



「……ノーネームさ……ん!?」


ぐんっと加速し出すノーネームさん。

もう羽なんて残ってなくって、多分体も崩れてきてる。


「もう良い――」


「もう良いから」って言いたかったけども、あまりの速さに……思わずで体が浮き掛けて、不思議な力でもっかい引き寄せられる。


……あ、イスさんも飛ばされちゃったんだ。


けども、そんなのを気にする余裕もなくって、僕はただただ……引き寄せられてしがみつけるようになった、ノーネームさんの首の鱗に両手両脚でホールドして。


【何が起きてる?】

【分からん】

【まだハルちゃんとノーネームちゃんが生きてるってだけ】

【でももう、あと何秒かで……】

【配信……切れちゃう?】

【ノーネームちゃん特製の配信だから……多分】


ものすごい速さで、僕の意識は飛びそうになる。

後ろに引っ張られるすごい力と、前に引っ張られるすごい力。


――「ブラックホールの事象の水平面に入ると、体は引力でばらばらになる」。


そんな知識が僕の薄い意識の中で、最期に――――――







【配信事故】

【ああ、事故だな】

【ああ……】

【ハルちゃんとノーネームちゃん……】

【るるちゃんのときにリアルタイムで観てて覚悟して、良かったって思ったらハルちゃんの配信で、か】

【もう立てない】


【ハルちゃん!】

【ハルちゃん……】

【ノーネームちゃんは、まだ生きてるんだよな?】

【配信が終了してない以上は……】

【でも、画面真っ暗……】


【ハルちゃん、死んじゃった?】

【言うな】

【だって】

【でも、空間ごとブラックホールにする魔法なんて使われたら……】

【最期があっけなさ過ぎて力が出ない】

【俺も】


【座ってるのもだるい】

【うちの子、「ハルちゃんハルちゃん」って泣いてる……】

【こんなもん見せるなよ】

【とりあえず画面から離させろ  抱きしめてやって落ち着かせるんだ  お前らもだぞ】

【ああ、そうする……】

【こういうの観ると、他人でもPTSDになるからな  必要なら精神科行くんだぞ】

【ああ……】


【真っ暗で無音の画面】

【これがブラックホール?】

【配信が切れてもこうなりはするけど】

【こわいよー  ……って、もう言えない……】

【そらそうよ  ってもう言えない……】




【.】




【.】




【Re:boot】



【お】

【ノーネームちゃん!?】

【今、一瞬画面が光って】



【:】


【:Result】



【――――第572489354魔界・魔王(分体)LV.1025……討伐】



【は?】

【えっと、なんかケタが】

【ちょ、ちょ!? 数字がデカすぎて】



【:経験値】


【:】


【:受取拒否】


【:代理付与】



【経験値って】

【トカゲさんの分?】

【草】

【なんか今すごい魔王さんって言われてたのに】

【だってハルちゃんに「ちっちゃな男」って言われてたし】

【なぁにこれぇ……!】



【:★1■】


【:★49】


【:★50】


【:overflow】



【なんぞこれ】

【分からん】

【始原情報です  ハルちゃんのレベル、30超えるどころか未知の「★10」ってやつでした】

【は?】

【え?】

【始原!?】

【始原のアカウント……マジだこれ!?】



【:★――――――99】


【:★100】


【:system error】


【:convert】


【位階上昇】


【再構成】


【融合】


【反転魔法】



【――――――再起動】



【超人】


【天使】


【再誕】


【……オキテ】


【HARU】



◆◆◆



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