157話 「呪い様」に憑かれた少女 その2

「……ふぅっ。 想定よりもずっと楽に進めてるね!」


結晶化したモンスターのドロップを拾いながら楽しそうな表情の、るる。


【確かに】

【モンスターが少ないとは言え、やっぱり速いな】

【踏破済みで近所の人が良く潜ってるから稼ぎは少ないけど】

【まあまあ、安全第一ってそれがるるちゃんにとって大切だから】


「……さて! ここまでは順調! ……順調過ぎて怖いくらいだね!」


ふんすっとやる気をたぎらせ「今の私ならどこまで行けるかな」と楽しそうにしている彼女。


【分かる】

【こわい】

【怖すぎ】

【いきなりホラー始めるのやめて?】

【下手なホラーより怖い】

【もうやめて】


【お家帰ろ?】

【ほら、そのリストバンドぽちっと】

【ほら、俺たち投げ銭でカンパするから】

【るるちゃんの命のためなら安いもんな】

【マジでそう感じる】


それに対して不安そうな声も出るが。


「やーだ! まだ戻らない! ここからどんどん行くよ!」


【そう言われても心配なものは心配なんだ】

【そそっかしい娘を公園に連れて来ているような感覚なんだ】

【分かる】

【るるちゃんの見守り配信だもんな】


「……私ね。 えみちゃんに何度も助けてもらったの」


ぽつり。


そう、隠そうと思っていた内心が口を突いてしまう。


「こうしてダンジョンに潜っているのも、配信をしてみんなとお話しできているのも、えみちゃんのおかげ。 ……私ね、えみちゃんと出会う前は……お友達、居なかったの」


【えっ】

【るるちゃん?】


「『呪い様』のせいで、なにもしてなくても物が降ってくるし飛んでくるし、歩けばやっぱり転ぶし……私と仲が良くなるほど、その子にもおんなじことが起きてた。 だから学校でも地域でも怖がられるだけだったの」


「呪い様」。


今でこそリスナーから冗談交じりに言われるそのワードも、配信を始める前ではその深刻さがまるで違った。


「でも、そんな私にも……ここで、ようやく居場所ができたんだ」


【ぶわっ】

【泣かないで】

【るるちゃん……】

【明るい子だけど、やっぱり……】


「だから、もっとえみちゃん……ううん、みんなの役に立てるようになりたいんだ!」


【えらい】

【応援してるよ!】

【でもるるちゃんが乗り気なときって大抵……】


「だから、ここからはリストバンドを使って帰還することを前提で、今の私の実力と魔力でどのくらい潜れるのかを――あっ」


カチッ。


彼女の足元で、罠の起動音。

何の罠かは見てみないと分からないが――。


【あっ】

【あっ】

【あーあ】

【即回収されるフラグ】


「……この音……え、えっとぉ……」


そっと視線を落とした彼女をカメラも追う。


【落とし穴】

【あーあ】


「……み、みんなにも見せて――――きゃあああああ!?」


【えっ】

【えぇ……】

【今、来た道戻ったよな? るるちゃん】

【ああ……なのに足元に落とし穴の罠……?】

【そんなことってあるぅ……?】


「きゃあああ!  きゃあああああ!?」


重力が消失して吸い込まれる感覚に、理性を振り絞りつつも悲鳴が漏れてしまう。


【落とし穴って怖……】

【数メートル落ちるもんな】

【数メートルって言っても普通に2階3階って考えるとな】

【ひゅんってなった】


「……いったぁ……っ」


防御スキルで落下ダメージはある程度抑えられ、体に支障は無さそうだが……やはり痛いものは痛いし、怖いものは怖い。


しかし彼女のレベル的に、あと2回落ちる程度ではHPは危険水域にもならない。


だから。


「ふぅ……ちょ、ちょっと怖い程度で……きゃあああああ!?」


彼女が落ちた先で立ち上がった瞬間、足元でかちりと鳴る音。


ぽっかりと空く地面。


穴。


吸い込まれる彼女、吸い込まれる場面の生配信。


【えっ】

【連続!?】

【落とし穴の罠の真下に落とし穴の罠!?】

【そんなミラクルある???】

【あるだろ、ここに】

【怖いよー】


……そうしてもう一度数メートルの暗闇を落ちた彼女は、削れたメンタルでも、まだなんとか明るい演技を試みる。


「ふ、ふふ……まだ、へーき……HPもほとんど減っていなくて……またなのぉぉぉぉぉ!?」


……そして3回目。


【草】

【草じゃないが】

【ごめん、悲惨すぎるのに笑っちゃうわこれ】

【3連続落とし穴の罠とかどんな確率よ】

【るるちゃん、早くリストバンドリストバンドー!】


【これ絶対「呪い様」来てるよな】

【今日はやけに転ぶ回数も、迷う回数も少ないって思ったんだ……】

【ちょっとえみちゃんたちの配信突撃してくる】

【あ、俺も】





(そんな、懐かしいこともあったっけ)


彼女は、ふと思い出した光景を一瞬懐かしむ。


(そうして「私」は、あの人と。 ハルちゃんと――「はるみさん」と、出会ったんだ)


「でも私のせいでハルちゃんは――『ノーネームちゃん、守って』」


「数十メートル」の高さから落ちてきた彼女は――地面に衝突する直前に「不自然な力」により爆発した地面からの風で落下速度を落とされ、軽いケガを負いながらも行動不可能になることなく降り立つ。


「ありがと」


つまりは、かつての再現――ただし、故意に、自分の意志で。


【るるちゃん……】

【いくらノーネームちゃんの力あるって】

【高所恐怖症なのに、自分から落とし穴に……】

【それでもるるちゃんを応援するのがるるちゃんファンだぞ】

【ああ】

【もちろん】

【ここの120階層……ボスはベア系統か】

【まぁ、もうおなじみで知らないモンスターだけどな】


120階層の「ボスフロア」へ――落とし穴を連続使用してのスキップをしてきた彼女は、むくりと起き上がる巨体を目にする。


光を一切に通さない、暗い瞳に。


【こわいよー】

【どっちが?】

【どっちも】

【草】

【ぞくぞくするよな】

【わかる】

【闇堕ちるるちゃんも、それはそれで……】


そんな、「ハルちゃん」が消えた後の常となる彼女を見守る視聴者たち。


「……熊さん。 ハルちゃんならどう倒すんだろうね」


侵入者を認めたモンスターが咆哮を上げながら突進してくる。


起き上がると15メートルを優に超える巨体が突撃してくるのにもかかわらず、力を抜いてただ立っている少女。


「――『ノーネームちゃん』」


あと数秒で襲われる。


――その直前で彼女が口にした瞬間に、モンスターが「地面に落ちていた転倒の罠」ですっ転ぶ。


「ゴアアアア――!?」


【草】

【笑っちゃいけないんだけど草】

【毎回予想外の方向性でこうなるな】

【やだ、ノーネームちゃんったら】

【あんだけの速度出してたら、そりゃあ派手にすっ転ぶよね……】


不自然に転倒し、不自然に「目の前にあった岩」に頭から激突して一気にHPが削れ、ついでで不自然に完全なスタンになっているモンスター。


「じゃあ後は」


彼女が担いでいた「彼」の銃。

上位の弾丸を込めてあるそれを、彼女はモンスターの頭に撃ち込む。


ダンッ、ダンッ、ダンッと――執拗に。


「いつものような万が一」が起こり得ないように。


【えっぐ】

【ハメ技って強いね】

【最近のるるちゃんの鉄板だな】


かちんっ、かちんっ。


「……ハルちゃんがここに居たら、撃ちたかった分だからね」


とっくにオーバーキルになっていたモンスターを眺めながら、そうつぶやきつつ弾を込め始める彼女。


【こわい】

【ハルちゃんなら1発だってのは言わないでおこう】

【けど、やっぱ反則的な強さよね】

【まぁな】

【ダンジョンをコントロールできるノーネームちゃんのサポートだもんな】


【サポート(強制】

【サポート(ヤンの瞳に負けて】

【ノーネームちゃんかわいそう】

【いやまあこれまで散々いじめてたし……】

【数年分の学校生活分って考えたら……ねぇ?】

【ダンジョンでも何回かガチでやばかった分もあるしな】


【ノーネームちゃん大丈夫?】

【酷使され続けてるよね】

【……いない……】

【ノーネームちゃん、疲れてるのかあんまり来ないよな】

【いつるるちゃんに呼ばれるかわからないからな】


……「ノーネームちゃん」。


先月の戦いで、世界中で有名になった「ダンジョンに関係する未知の知的生命体」。


その存在は……今。


「……宝箱。 ん、じゃあ行くよ」


以前は明るかった表情が消失しきり、明るかった瞳が光を失っている少女を――以前とは真逆に「何があっても守る」存在になっていた。


【酷使されるノーネームちゃん】

【ハルちゃんの遺言のおかげだな】

【遺言言うな】

【でも居ないのは事実だし】

【そのハルちゃん、別窓ではすやすや寝てるよ?】

【草】

【草】

【いつものハルちゃんで安心した】


【けど、るるちゃんも思い切ったことするよな……】

【ああ……ハルちゃんが「守って」って言ったのを逆手に】

【自分から危ないことして、謎の現象起こしてるもんな】

【覚悟決まりすぎのるるちゃん】


【しょうがないよ、だってハルちゃん、生きてるのは分かってるけどどこか分からないんだもん】

【ああ……あれから1ヶ月。 ハルちゃん、まだ画面真っ暗だもんな】

【そりゃあるるちゃんだって闇落ちもするわな】

【るるちゃんこわいよー】


――必ず。


(必ず、私があなたの居る場所を探し当てるからね。 だから、そのまま動かないで待ってて。 ――2回も助けられたこの命は、あなたのためにぜんぶ使うから)


そうして彼女は下へ下へと、未知の階層をソロで突き進んでいく。


「ハル」と「ノーネーム」が消失した世界で――「世界中のダンジョンの最下層の下に階層が出現し、これまでのレベルやモンスターの基準が一切に役に立たなくなった」世界で。


ただひたすら、「彼」が居るかもしれない深層のどこか。


そこへ目指して、ひたすらに。



◆◆◆



これで趣味全開の過去編はおしまい。

158話からは7章の直後からとなります。


「ハルちゃんがこれから何やらかすのか気になる」「おもしろい」「TSロリっ子はやっぱり最高」「続きが読みたい」「応援したい」と思ってくださった方は、ぜひ最下部↓の♥や応援コメントを&まだの方は目次から★★★評価とフォローをお願いします。

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