3話 今日はついてない日

ダンジョンが世界にあふれて10年ほど。


初期は混乱もあったものの、身体能力、レベルの可視化や各種便利グッズ、とどめに「HP」が危険になった場合にオートでダンジョンから離脱させる「緊急脱出装置」の開発でそれなりに安全にはなった世界。


そこでまさかの民間人に、命の危険を「自己責任」と言い放ってのダンジョン解放という方策が取られた結果……人海戦術は成功。


今では大半のダンジョンは踏破まで行かなくとも探索され、深さや推奨レベルまでが共有されている。


その情報によると、たまたま普段のメンバーと離れてソロでの耐久配信を思いついて深谷るるが潜ってしまったこのダンジョンは、ごく普通の中規模中難易度のもの――つまりは「普通に潜っている人にとっては普通の場所」だ。


ある程度慣れているならソロでも50階層までは――余程運が悪くなければ――体力と手持ちの武器だけで潜れると評判。


そしてこのダンジョンの中のモンスターはかなり減っているのが確認されている。


実際に深谷るるは余裕でいけいけだった。


だから50階層を超えてもなお潜りにも潜って――何回も立ち止まって視聴者やマネージャーと相談して――――――で、なぜか落とし穴3連続とモンスター召喚の罠を踏み抜いた。


なぜか。


しかもその罠は1000回ダイスを振って1回出るかというレベルの致命的な、そのダンジョン最下層のボスモンスターも召喚してしまうものだったらしい。


その情報は配信中ということもあってとっくにバズを引き起こし、登録者の10倍以上の注目を集めていた。


――助けに来てくれた人、ごめんなさい。


ドラゴン。


普通の個体ではなく、ボスモンスターのドラゴン。


低難易度のダンジョンの最深部で出現する弱い個体でさえ、仲間10人ほどとの討伐経験しかない彼女は……圧倒的な戦力差を目の当たりにし、今度こそ腰が抜けてしまっていた。


【え、やばくね】

【やばいんだよ実際】

【るるちゃん逃げてー!】


【今助けてくれた人だけじゃ無理だから、他の人が到着するまで――】


配信、切った方が良さそう……かな。


既に笑顔を見せて強気になれる余裕も無くなった彼女は、それでもエンターテイナー/アイドルとしての意地と機転でそう判断する。


――配信者が無残に殺される場面の生配信。


無いわけではないが、初期はともかく今は攻略の際に緊急脱出装置の携帯が義務づけられているため死亡事故はほとんど無し。


ただでさえそれなのに現役のアイドル、しかもまだ高校生女子な彼女が――というのは、事務所への評判とか世間からの非難以前に、配信中に救助要請を出す段階で膨れ上がっているだろう視聴者へのショックが大きすぎる。


彼女は、確かにルックスでは恵まれていた。


そうして上位層のダンジョン配信関係の事務所に入ることはできた。


――でも、そこからトークやリアクションやお化粧、ファッションや戦術などを研究してがんばって来たのは私。


だったらその最後もちゃんとしないとね。


その巨体過ぎる体は中層のここにとって狭すぎるらしく、身動きが取りにくいらしいためにダンジョンを揺らしながら壁を落としているドラゴン。


77層の壁や天井から崩れ落ちる音が彼女を取り囲む。


ダンジョンの暗さと絶望感とで、その存在感ははっきりと死を認識させる。


【るるちゃん諦めないで】

【さっき撃ったやつは何してるんだ! さっさとるるちゃん助けろよ】


【イヤ無理だろ、ボスモンスターだし】

【救助要請も危険と判断したら撤退って決まってるしなぁ】

【誰だって巻き添えは勘弁だろ】

【正直来てくれただけでもありがたいもんだし】


――そうだ、さっきの人。


もしまだ居るんだったら、せめてあの人には逃げてもらわないと……じゃないと、私のせいでその人も。


ドラゴンはまだ、小さすぎる彼女のことを見つけられていないらしい。


このまま黙っていれば――いても、いずれは見つかる。


なら。


「……――っ! 救助要請、ありがとうございました!」


【るるちゃん!?】

【ちょ、そんな大声】


「さっきばしばし倒してくれて嬉しかったです! かっこよかったです! 泣いちゃいました! でもボスモンスターが出て来ちゃったので逃げてください!」


――泣き叫びたいよ。


助けてほしいよ。


でも……私は、アイドルだから。

アイドルだから、最後までアイドルしなくちゃ。


「私は深谷るるって言います! 後で事務所に行ってください! お礼、私の大切な人たちが、できる限りします!」


彼女に反応したドラゴンの咆吼に負けじと張り上げる。


救助要請に応えた人が巻き添えになるケースは多い。

死なずとも重症を負ったり、もう潜れなくなったり。


「だから、逃げてください! 上への階段!」


咆吼と地響きは、例え腰が抜けていなくとも立っていられないほどのものとなり。


彼女は――ドラゴンから明確に見られていると悟る。


――もうコメント見る余裕も無いや。


とっさの判断でドラゴンが出現した瞬間に自分を映すカメラをオフにしていた彼女は、そこで初めて崩れる。


楽しかったけど……やっぱり最後まで、不幸体質。


「不幸体質な深谷るる」という「キャラクター」。


――ただのアピールポイントだったら良かったのに……最後までこうだもんなぁ。


私、がんばって来たのになぁ。


やっぱり1人でいたら駄目なんだね。


えみちゃん……またね。


いつの間にか閉じていたらしい目を開けると、遠くにあったはずの巨躯が近づいている。


腕にも脚にも力が入らない、ただただ地べたについて視線だけがその恐怖にくぎ付け。


「――みんな、今までありがと」


じゃあね。


そう言ってマイクをオフにしようと、震える手を伸ばす。


――ばあん。


先ほどと同じ遠くから破裂音。

そして何かが火を噴きながら飛んで行く音。


「――グオオオオオ!?」


「……え?」


ずしん、とこれまでにない揺れで視界がぶれ、剥がれ落ちた壁が舞って何が起きたか分からない。


が、ドラゴンが苦しむような声を上げているのだけは分かった。


「……いったい何が」


砂埃に咳き込んだ彼女が次に顔を上げると――。


「――小さな、女の子……?」


偶然光った方向に彼女が向けた視線は、壁にできたくぼみ……恐らくは地面から20メートルは上。


上を向かないと視線が向かないそこに、視力2.0な彼女が認めたのは――普段被っているフードも帽子も外れて長い金髪が出てしまっている、1人の少女……幼女だった。





うわ、あれよく見たらめっちゃレアなやつじゃん。


ドラゴンってあんなにおっきいのいるんだ。


がーってうるさかったから耳がきーんってなって何も聞こえないけど、多分ここの下層の……ボスとかそのひとつ手前くらいのやつ?


【ハルちゃん逃げて、アレはムリ】

【いやいやるるちゃん助けなきゃだろ、救助要請出てるし】

【でも今から行ったって間に合わないぞ?】

【やばいって!】


【というか配信切らないとまずくない?】

【このままじゃるるちゃんの……の中継だもんなぁ】

【るるちゃんに続けてこっちの配信も非公開か……まぁしょうがない】


【最後まで観たいけど最後まで観たくない……この気持ちは一体?】


【恋だよ】

【愛だよ】

【俺はまだ信じてる……ハルちゃんが寡黙ジト目ロリなんだって】

【お前……】


【ショタっ子っていう可能性はありますか?】

【初見……お前、こんなときに……】


【けど、ハルちゃんのいつもの見てるとさ】

【ああ】


【このまま次の1発でるるちゃんを救ってくれる――そう思っちゃうんだよな】

【だよな、ハルちゃんってばほぼ1発で倒してきたからさ】


あれのドロップ、おいしいんだよなぁ……いろいろと。


僕はばさっとリュックを逆さにしてぶちまけて、かちゃかちゃととっておきを探す。


……けど、顔見せられないからドロップももらえないだろうなぁ……残念だし、さらにこの弾で大赤字。


さらにさらに弾を撃つスキルで数日寝込むし、その間に潜る収入考えたら……今回での収支、マイナス1000万くらいなんじゃ?


ぴたりと僕の手が止まる。


「………………………………」


こつこつとヘルメットに破片が飛んでくるけどそんなことよりお金だ。


【え、いきなり画面が】

【金髪?】

【ハルちゃーん、カメラカメラ!】


お金。


身分不詳、住居不法侵入っていう現状の僕にとってはダンジョンの外で換金しての現金が唯一のよりどころ。


【おてて】

【おてて】

【でかい砲弾?】


何日かかけて作った特殊配合の弾。


……これひとつで、3年は遊んで暮らせる金額。


その自信はある。


けど――やっぱ、人は助けないとね。

ああ、僕の貯金。


【うわ手ちっちゃ】

【え、ハルちゃんってマジで女の子だったり?】

【女の子って言うかロリだろうな、この手つき】


【いや、ショタって線も捨てきれない】

【初見、お前……】

【なんか安心してきたよ】

【全てをハルちゃんに託そう】


【深谷るるのピンチってことでこっちも相当人来てるぞ】

【るるちゃんと言え】

【るるちゃんファンだ! 囲め!】


【ハルちゃーん、髪の毛と手、見えちゃってるよー】

【でもいつものハルちゃんなら多分コメント見てない】

【ああ、見てないだろうな】

【有識者の方々の知見が鋭い】


かちゃっ、かちゃっと、いつも予備で背負ってきてる特注の銃に、僕お手製の銃弾を込める。


ボス攻略でミスったときの切り札。

でもしょうがないよね、人が死にそうなんだもん。


かちゃっ。


「よし」


【しゃべったぁぁ!?】

【やっぱりロリじゃないか!】


ふぅっと息を吐き、獲物を観察。


――体長50メートルくらいのレアモンスター。


定期的にポップするここのボスそっくりだけど、色が違うから多分耐久も高め。


じゃあやっぱり2発は必要。


足りなければ後は残りの弾と矢と石で弱らせるしかない。

それくらいしていれば他の人も降りてこられるだろうし。


「じゃ、やろっか」


【え? 俺とだって?】

【バカ、そうじゃなくって……え?】

【まさかハルちゃん、いつもみたいにボスを――】


この弾だけは外せない。


だから僕は普段みたいに伏せた体勢じゃなく、立ってしっかりと構えて――――引き金を引いた。


こんなのが出てきてしっちゃかめっちゃかだし、誰も僕のことなんて見てないだろうし。


ああ。


早く帰って今日の損失に悶えながらふて読書してふて寝したいな。


そんなことばっかりのんきに考えて。



◆◆◆



3話をお読みくださりありがとうございました。


この作品はだいたい毎日、3000字くらいで投稿します。

ダンジョン配信ものでTSっ子を読みたいと思って書き始めました(勢い)。


「TSダンジョン配信ものはもっと流行るべき」

「なんでもいいからTSロリが見たい」


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