2話 いつも通りだったはずの救助要請

ふむ。


ナビゲーション通りに来てみたけども。


「……もー! いい加減諦めてよー!」


そんな声を張り上げながら全力疾走している女の子が居た……すごい声の大きさ。


この声、なんかこの階層中に響いてそう。

……救助要請の割にはなんか元気そう……。


ほほえましい光景にしか見えないけど多分ピンチなんだろう。


その後ろに……えっと、16匹のモンスターがばっさばっさしてるし?


確かにあの状態はレベルあっても無理かなー、最初どのくらいいたのか分かんないけど。


【あれってるるちゃん?】

【深谷るるだよな?】

【あの不幸体質の……つまりはいつものか】


【いつものだな。 ソロだってんならやばいけど】

【いつもは介護要員がいるもんなぁ】

【まぁ事務所のだし】


【悪い子じゃない……悪い子じゃないんだが、ただただ運がないんだ……】

【はぐれたかソロでチャレンジしたか……いずれにしても結構ガチでピンチみたいだな】

【ちょっとあっちの配信に潜ってきたけどやっぱり……】


ちらっとコメント見た限り、リスナーのみなさんは知っているらしい。


ほぼ全員知ってる感じだし……人気なのかな?

確かに顔も整ってるって言うか、かわいいと思うし。


まぁ今の僕には負けるけどね。


「………………………………」


【あー、さすがのハルちゃんでも頭振るレベルの惨状】

【それにしては画面ぶれる気が……?】


……いやいや落ち着こう僕、僕は男だ男、ただ少し今は変になっているだけなんだ、心まで女の子になってどうする。


女の子は見て和むものであって、張り合う対象じゃないんだ。


……これは早く男に戻らないとやばいかも。

精神まで女の子になっちゃう前に。


【早く助けないと!】

【いやでもハルちゃんの基本動作は……】


おっと、そうだった。


確かにあの子、控えめに見ても危ないもんね。

さっさと助けてあげよっと。


……良い感じの窪み……あったあった。


【……ですよねー、まず隠れる場所だよなー】

【こんなときでも声すらかけないとか】

【救助要請でも毎回こうだしなぁ……】

【本当、どんな姿なんだか……ハルちゃんって】


僕が78階層から昇ってきたところからそんなに離れていないところで追いかけっこ……失礼か、文字どおり必死に逃げている彼女。


僕の最重要課題はあの子に見つからないこと。


……間に合わなさそうならしょうがないけど、まだ余裕ありそうだしもうちょっとがんばっててもらおっと。


あの子だって配信してるんだ、下手に前に出過ぎちゃうと移っちゃう。


そこまで困るわけじゃないけどもちょっと困るからやっぱがんばってて。


僕は辺りを見回して「やっぱそこしかないよね」って決め、つい1時間ほど前にこの階層での狩りで潜んでいた高台の1つのくぼみへ足を向ける。


もちろん目立たないようにこそこそとね。





僕はスナイパー。


レンジャーとか狩人とかニンジャとか忍びとか、いわゆる遠くからじっと観察して遠くからちまちま倒す感じのやつ。


ダンジョン内での戦闘スタイルには特に決まった呼び方はないけど、僕を表現するならこれだ。


しかもソロだから後衛かつ前衛。


普通のソロなら何でもできなきゃいけないけども……モンスターに見つからなければケガのしようもないから問題ない。


これは前の僕も今の僕も――普通体型で秀でたところのなかった成人男性な僕も、幼児体型で幼児……とまでは行かないけど子供で、しかも筋力で不利な女の子になっている僕も変わらない。


……本当、女の子になる前からこの戦闘スタイルで良かったよなぁ。


じゃなきゃこうして日銭を稼ぐことも……っと。


【るるって子、結構足速いのな】

【不幸体質以外はトップランカーの事務所所属だし】

【でもああして不幸体質と】


【多分また落とし穴からのモンスターの巣に直撃なパターン。 で、救助要請ってことは今日はソロかチームとはぐれてる、で、ああして逃げるだけってことは普段から持ってるはずの緊急脱出装置も落としたと】


【草】

【えぇ……】

【悲しすぎる】

【あの子の配信、ときどき「呪い様」出るから……】


ええ……どんだけかわいそうな子なの、その子……。


まぁ確かにもうすぐこのダンジョンがリセットされるタイミングに近いからモンスターも少ししかいないけどさぁ……。


っと良し、セット完了。


……本当は高い弾使いたくないんだけどねぇ……人の命には代えられないから。


【んで、逃げ回るるるちゃんをちらちら見ながら冷静に移動してきて壁よじ登ったところで銃の用意してる俺たちのハルちゃんだ】


【さすがはスナイパー、いついかなるときも冷静だな】

【まぁなぁ……最初の方から観てるけど悲鳴1つあげたことないし】


【けど洞窟の壁にロープ引っかけて登ってって徹底してるな】

【おかげでハルちゃんがモンスターと接近戦したことないし】


【配信中で他人に見られたこともないけどな】

【ぼっち?】

【俺たちのことか】

【やめろ】

【孤高の存在と言え】


【るるちゃんの悲鳴は聞き飽きたからハルちゃんの悲鳴はよ】

【いや、この位置にいるハルちゃんが悲鳴上げた時点でやばいだろ】


リスナーの人も通報してくれたらしく、他の人も助けに向かってるとのこと。


まぁ多分あの子の……有名らしいし、そっちの方でもとっくにダンジョンの管理者にも救助要請出してるはずだけどね。


……んじゃ、やりますか。


あー、今日の稼ぎが吹っ飛んじゃうなぁ……しょうがないけど。





【るるちゃん朗報、今誰かが到着したって】

【近くの階層に居てくれてよかったな】

【るるちゃんがんばれ、もう少しで助かるぞ!】


【でも野郎だったらやだな……野郎だろうけど】

【まぁまぁ、ガチの緊急事態だし今回はノーカンでしょ】

【さすがにガチでやばいんだからんなこと言うなよ】


【今日の配信でここに潜ってる有名配信者はいないみたいだけど……でもソロでるるちゃんと同レベルってことでしょ?】


【え? そのくらい強かったら有名なはずだけど】

【めぼしい配信者は……いないよなぁ、やっぱ】


「どうでもいいからはーやーくー! ここですここですー、るるはここにいまーす! こーこーでーすーうー!!」


【草】

【いついかなるときも元気、それがるるちゃん】

【本気で命かかってるとは思えねぇ】


【るるちゃんがピンチと聞いて】

【同接すげぇ……これが命をかけたバズってやつか】

【朗報・るるちゃん、命の危機で覚醒する】

【「呪い様」が降臨なされたけどな】

【草】


深谷るるが全力で走り続けて10分以上。


いくら高レベルな彼女と言えども、さすがにこれは厳しい。

しかも今は頻繁に後ろからのブレスなどが来るおまけ付き。


さらには配信を切る余裕もないため「全世界の視聴者」を意識して泣き言も言えないとさんざんだ。


――いつものみんながいてくれたら……。


そう思いつつ、けれどもアイドルとしての底意地であえて普段以上に振る舞って視聴者を安心させようと努力している。


――だって、もしここで死ぬんだったらこれが最後の私になるんだもん。


最後までアイドルでいなきゃいけない、それがアイドルだもんってえみちゃんも行ってた。


だけど早くヘルプ来て助けてぇぇ!!


彼女の周りを飛び回る3基のカメラ写りを意識しながら内心だけで泣く彼女。


――ぱぁん。


「……え?」


遠いところで軽い音。

ひと呼吸置いて彼女の真後ろで魔物の悲鳴。


……助けが来たのね!


「よーし、ここから華麗なるるの本気見せちゃうよー!」


【急に普段通りに戻って草】

【真っ青な笑顔で走るるるちゃんは大変おいしかったけどやっぱりこれじゃないと】

【けど銃撃? それじゃ浮遊モンスターは――】


ぱぁん。


銃声。


ぼとっ。


重い音。


「ヘルプの人ありがとー! 私は誤射避けるために――……って、え?」


振り返った彼女の前には3匹のモンスター。

羽の付いている彼らは地面に伏して動かない。


「え、一撃? す、すご――」


――ぼとっぼとっぼとっぼとっ。


続けて彼女の目に飛び込んできたのは、ほんの数秒前まで追いかけて来ていた死の象徴たちが地面に叩きつけられる音だけ。


【え? こいつらってレベル70以上の】

【いや、罠のモンスターだから80……いや、それ以上かも】


【狙撃? とは言っても一撃で? どんな威力の弾なんだ】

【遠距離が得意な高レベル配信者……駄目だ、全員休みだったり別のダンジョンだったりで見当が付かない】


「え……ええっとぉ」


……なんかすごい人、来ちゃってる?


……………………………………。


「……るるの見せ場は……?」


とっさの判断で、その光景のすごさを和ませようと試みてみる。


【こんなときまで好戦的なるるちゃん草】

【さっきまでの必死具合からこれである】

【こうでなくちゃるるちゃんじゃないし】


――どすっ。


「………………………………」


最終的に、彼女の目の前には10匹以上――正確には16匹と戦力は1.5倍になっていた――のモンスターの骸。


「……すごい。 銃で一撃……それも複数ヒット……」


【浮遊してるるちゃん狩りしてたモンスターをでしょ? すごすぎ】

【1匹でもすごいのに10匹も連射で仕留めるとか】

【俺のるるちゃんが助かった……!】

【俺たちのだ、抜け駆けするな】


【でも「もう大丈夫」とか「撃つからしゃがんで」とかひと声かけてくれてもよかったのにね。 だってこんな威力の銃弾、るるちゃんに当たってたら……】


【声、届かなかったんじゃ? 遠いだろ、今の感じ】

【重武装の可能性もあるな……けど、やっぱそんな配信者は……】


――そうじゃない。


深谷るるは、実力をよく知っているメンバーたちを思い浮かべながら身震いした。


遠距離……姿が見えないし、発砲音からワンテンポあったから最低でも50メートルはあるはず。


そこから私を追っているモンスターを1匹ずつ、上下左右に動き回るのをほんの10秒くらいで全部仕留めたのよ、その人は。


間違いなくとんでもない実力者。

確実に先輩、いや、ダンジョン協会のトップ層かも。


【! るるちゃん、左!】


「え?」


ほっとして眺めたコメントの中に目を引いたそれ。


彼女の戦闘経験は意識よりも速く反応し、即座に全力で右に飛ぶ。

同時に鼓膜が破けるかと思う音と目を開けていられない光が彼女を襲う。


――一体何が?


とっさの回避で転倒した彼女は瞬時に膝をついての迎撃態勢。


しかし彼女の前には――。


「ど。 ……どどどどどどっ」


【ドラゴン!?】

【アイエエドラゴン!? ドラゴンナンデ!?】


【るるちゃん逃げて全力で逃げて】

【待って何これ聞いてない】

【これマジ? ヤラセじゃなくて】


【ヤラセなら緊急脱出装置落としたりするわけないだろ】

【やばいって本当】

【るるちゃん、今事務所の人たちが突入したって、だからなんとか】


このダンジョンのボスらしい、巨大なドラゴン。


ボスモンスター。

それぞれのダンジョンの最下層にしか現れないはず存在。


それが、なぜか彼女からほんの100メートルほどのところに――。


「あ」


ふと彼女が下ろした視点の先を、配信用のドローンが追った。


【あ】

【えっ】

【るるちゃんの足元……まさか】

【この魔方陣……えっ】


「……これ、今日2回目のモンスター召喚の罠……?」


【草】

【悲報・るるちゃん、ボス召喚しちゃった】

【えぇ……】

【そこまで不幸体質しなくても……】


【それでボス引くとかついてなさすぎ】

【生きて帰ったらお祓いしよ?】

【ここまで来るともはや呪いで草】





え――……ドラゴン来ちゃうの、こんな中層に……どうしよ。


僕はさっきの、弾だけで100万は超える金額を頭に浮かべながら……ぼけーっとそのでっかい体を眺めていた。



◆◆◆



2話をお読みくださりありがとうございました。


この作品はだいたい毎日、3000字くらいで投稿します。

ダンジョン配信ものでTSっ子を読みたいと思って書き始めました(勢い)。


「TSダンジョン配信ものはもっと流行るべき」

「なんでもいいからTSロリが見たい」


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