第4話 悪役令嬢の涙

「レオ。まさかとは思うけど、私と自称ヒロインの仲を疑ってなどいないだろうね」

アルデリット様が、考え込んで下を向いたままでいる私の顔を覗き込む。

柔らかな微笑みを浮かべていらっしゃるのに、目が怖いですわ。

両手を包み込まないでくださいませ。逃げたいのに1歩も動けないじゃありませんか。


「ま、ままま、まさかアルデリット様を疑うなんて、あるわけがございませんわ」

「そうかい? 学園では私と距離を取っていたように感じたが」

「め、めめめ、滅相もございませんわ。アルデリット様のお側など恐れ多くて……」

「愛しい婚約者が側にいてくれなくて、私は寂しかったよ」

掴まれたままの手を、片方だけ上げてキスをしてくる。


アルデリット様の言葉に、とっさにうつむく。

愛しい婚約者……。

アルデリット様からそう言われたから。今まで押さえていた感情が溢れ出してしまう。


「レオ、ちょっと休める所にいこうか。アーロン、私達は場所を移動する。陛下父上達がいらしたようだから、私が抜けても大丈夫だろう。後は任せる」

かしこまりました。妹をお願いします」

俯いたままの私を隠すようにして、アルデリット様が会場から連れ出してくれる。


いつもだったらパーティーの開始早々、会場から抜け出すなんてことは許されるはずはないのに、それをいさめないのは、お兄様も私の状態に気づいたからなのでしょう。

私が泣いていることに。


幼い頃から王太子妃教育を叩き込まれている私は、感情を人前で表すことなんか無いのに。

未来の王太子妃として、笑顔も驚いた顔も決して見せてはならないと、どんなことがあろうとも冷静であれと、そう教育されていたのに。

私が感情を表すことができたのは、ほんの一握りの人達だけ。お兄様とアルデリット様、幼馴染のテオ様やロンド様。両親の前ですら、仮面を被ったままでいることができていたのに。

それなのに、パーティー会場という大勢の人達がいる前で涙を流してしまうなんて。

悪役令嬢として断罪されるよりも先に、婚約者として失格だとお払い箱になってしまうかもしれませんわね。


招待客用に準備されている休憩室に入ると、私はソファーに座らされる。アルデリット様は隣に座り、私の肩を抱きしめてくれる。


「さあレオ。なぜ泣いたのかを教えてほしい」

「お見苦しい所を見せてしまいましたわ……」

アルデリット様が私の涙が溜まった目じりをそっと拭ってくれる。


アルデリット様に縋ってしまう前に、断罪されていなくなろうと考えていたのに。

アルデリット様が本当に愛する方と結ばれるお手伝いをして、アルデリット様の前から去ってしまおうと決意していたのに。


「わ、私はアルデリット様に私以外の妃をめとってほしくないのです。我儘なのは分かっています。それが無理なことも……。それでもアルデリット様が他の方と仲睦まじくされるのを見たくない。こんな私は王太子妃になるべきではないのです」

アルデリット様が自称ヒロイン達と一緒にいるのを見るのでさえ辛かった。近づくことさえできなかった。

アルデリット様はお優しい方だから、私が王太子妃になっても、ないがしろになどしないだろう。

でも、私は辛くて耐えられない……。


「何を言っているのだ? 我が国は一夫一妻制だぞ。私はレオ以外の妃など迎えるつもりは無い」

「いいえ。王族は特例で何人もの妃を持つことが許されていますわ」

「ああ、そういえばそんな法律があったな。でもあれは婚姻から5年以上子どもが出来なかった場合の特例だ」

「そうですわ……」

「そんな起こりえないようなことを気にかける必要は無いぞ。私はレオ以外の妃は持たないからな」

私はまたも俯いてしまう。


告白するしかないのだと自分に言い聞かせる。

アルデリット様に見限られて、冷たい目を向けられたくなんかなかったから、断罪されて逃げ出したかった。


「わ、私には子どもが出来ません」

「え?」

王太子妃としてどんなに教養があろうと、マナーが洗練されていようとも、そんなこと何にもなりはしない。

王太子妃として求められているのは、子どもを産み王家を存続させること。それが一番重要なのだから。


私はアルデリット様の婚約者として、側にいることは許されないのだ。

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