第2話 ヒロイン登場

いきなり聞こえてきた声に皆が振り返ると、ミーナさんがいきなりアルデリット様の隣へと駆け寄ってきた。


「私はレディリオ様に、いつも意地悪をされていました!!」

目に涙を溜めて震えているミーナさんは、それはそれははかなく見えて庇護欲をそそられる。そっと抱きしめたくなるような美少女ぶりですわ。


「私の身分が低いからと、レディリオ様は事あるごとに私に暴言を吐かれていたのです。それに私の教科書を破ったり、靴を捨てたり……。足をかけて転ばされたことも何度もありました。昨日なんか階段から突き落とされて怪我をしてしまいましたっ!!」

ミーナさんは意を決したように、私に指を突き付ける。ミーナさんの腕には包帯が巻かれており痛々しい。

大きな瞳からは次々と涙が流れ落ちている。


ミーナさんがそんな酷い目に合っていらしたなんて、まるで気づきませんでしたわ。なんてお可哀相なのかしら。

ミーナさんは教科書と仰っていたから学園での出来事かしら? 王族や貴族の通う学園に、そんな低俗なことをする人がいたなんて信じられませんわ。

学園には話しを聞いてくれるお友達や、頼れる教師はいなかったのかしら。一人で抱え込まずに誰かに相談できればよかったのに。


え……? ちょっとお待ちになって。もしかして私ですの? ミーナさんを虐めたのは私だと仰っているの?

どうして? 混乱してしまいますわ。


「私は意地悪などしていませんわ」

思わず言葉が漏れてしまう。


ミーナさんは何か勘違いをされているのだわ。どなたか別の人と間違えているのでしょう。

私がミーナさんに意地悪をするはずはありませんもの。そのことを苦にミーナさんがアルデリット様から離れてしまったら困りますわ。

せっかくお二人に幸せになっていただきたいのに、別れさせてしまうような本末転倒なことを私がするわけがありませんもの。

悪役令嬢たらんとした我儘は、アルデリット様やお兄様に遺憾なく発揮しておりますことよ。


「しらばっくれるなんて酷いわ! 嘘を言わないでください。いつもいつも私を虐めていたくせに! レディリオ様に罰を与えてくれとはいいません。ただ私は謝ってほしいだけなんです」

ミーナさんは小刻みに震えながら、それでも私に強い視線を向けてくる。


どうしましょう。

でも考えてみれば、私は悪役令嬢として断罪されようとしているのだから、これはある意味正しいのでは? もしかして渡りに船ということなのかしら。

でも、何の意地悪をしたのかと問われたら、答えることができませんわ。でもせっかくだから同意しておきましょう。


「ええ、そのとお「嘘を言わないでもらいましょうか」」

私の言葉を、お兄様が遮った。

お兄様ったら、どうして妹の邪魔ばかりされますの。せっかくのチャンスだというのに。酷いですわ!


「妹が教科書を破ったといいますが、ありえませんね。貴族の娘、ましてや王太子妃教育を受けている妹が、国費で賄われている学校用備品に手をかけるわけなどありえない!」

ビシリ。

お兄様はミーナさんを指さすと断言する。


学園で使用する教科書は、全てが国費で賄われております。たみからの税金ということですわ。大切にすることは当たり前なのです。

それに教科書は在学中お借りしている物であって私物ではありません。卒業する時には、学園にお返ししなければならならないのです。返された教科書は、学園から市井の学校へと寄付されることが決まっておりますの。教科書を待っている生徒達が大勢いるのです。そんな大切な教科書を破るなど、ありえませんわ。


「そう、ありえませんね。レディリオ嬢が靴を隠したといいますが、どうやって? 脱いでもいない靴を隠せる人などいないでしょう」

今度は腕を組んだテオ様が、ミーナさんへと小ばかにしたような表情をむけて断言される。

テオ様ったら、なんて素敵なお姿なのかしら。私の求めている悪役そのものですわ。参考にさせていただきますわね!


学園では市井の学校のように上履きに履き替えることはありません。中には足が楽になるからと、室内履きに履き替える方もいらっしゃいますけど、学園には下駄箱は設置されておりませんから、靴はお付きの使用人が管理します。使用人から奪い取るなどしないかぎり、悪意を持って他の方の靴を隠すのは、とても難しいことなのです。


でもミーナさんに意地悪をした方は、小説の中での悪役令嬢そのものの所業ですわ。なんて見事な意地悪なのでしょう。

私も悪役令嬢を目指す女ですもの、見習わなければなりませんわね。


「私が意地悪をされたのは本当です! 皆さんの見ていない所で意地悪をされていたのです。レディリオ様、罪を認めて私に謝ってください!」

ミーナさんは地団駄を踏むようにして声を張り上げる。

悪役令嬢の私ではなく、お兄様たちから否定されたからミーナさんは怒ってしまわれたのかしら。


「面倒くさい人ですね。妹が虐めをしたなどと言いがかりをつけるのは止めてください。これ以上続けるのなら、それ相応の対応はさせてもらいますよ」

お兄様の圧が凄いですわ。


そうですわよね。妹が悪役令嬢だなんて家の恥ですもの。申し訳ないですわ。

でもお兄様、私ちゃんと考えておりますのよ。

ハノーマ公爵家に迷惑はかけませんわ。断罪された後、私は修道院に参ります。

良さそうな修道院も決めて、ちゃんと寄付もしておりますし、頻繁に顔も出しておりますのよ。

それなのに……。

この頃院長様から、来ないでくれと言われてしまいましたの。

そりゃあ悪役令嬢をかくまった修道院だと非難されるかもしれませんけど、神の教えの元に迷える悪役令嬢を受け入れてくれてもいいと思いますわ。

院長様からアルデリット様が恐ろしいからと言われましたけど、アルデリット様には私が修道女になろうとしていることは知らせていませんから大丈夫ですわ!


「レオがお前に虐めをしただと、冗談でも不愉快だ」

「そ、そんなぁ。信じて下さい」

ミーナさんが手を伸ばして、アルデリット様の腕に縋ろうとするのを、アルデリット様は大きく腕を振ってかわしてしまう。

アルデリット様がめちゃくちゃ怒っていらっしゃいますわ! 長い付き合いですもの分かります。

でも、こんなに怖いアルデリット様は見たことはないですわ。


愛しいミーナさんに冷たい態度をとるなんて、駄目ですわ。

悪役令嬢の私が婚約者なばかりに、ミーナさんに辛く当たらなければならないなんて。

それなのに、アルデリット様の態度に安堵している自分は、なんて浅ましいのかしら。

私は断罪されなければならないのに。

それでも、目の前でアルデリット様がミーナ様をかばわれたら、私は辛くて涙を流してしまうでしょう。


私は扇を広げると、そっと顔を隠すのだった。

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