なりきり悪役令嬢 ~さあ断罪をすればよろしくってよ~

棚から現ナマ

第1話 悪役令嬢の登場

「オーホッホッホッ」

辺りに笑い声が響き渡る。


レディリオ=ハノーマ公爵令嬢。

王太子の婚約者であり、筆頭公爵家の娘。才色兼備な非の打ちどころの無い令嬢。

市井に出回っている物語になぞられて、悪役令嬢だと呼ばれているらしい。

それがわたくし

ハイスペックすぎて、嫌われても仕方が無いですわね。


皆が望むのは、王子様と身分の低い少女との恋物語。

王子様が身分には関係無く、心根の優しい少女を選ぶこと。

自分の身分を笠にきて、弱い立場の者をいたぶる悪役令嬢を断罪すること。

いつ私が弱い者いじめなんて下賤なことをしたのか、じっくり聞いてみたいですけど、事実は必要ないのかもしれない。

だったら皆が望むような悪役令嬢になって差し上げるわ。


目の前には寄り添う二人。

私の婚約者でもあるアルデリット王太子と、その隣に縋るようにして立つミーナ=ナンターラ男爵令嬢。

お似合いのお二人ですわ……。

胸に押し寄せる思いに蓋をして、私は背筋を伸ばしてアルデリット様へと視線を向ける。


「アルデリット様には失望いたしましたわ」

豪奢ごうしゃな透かしの入った扇を、ビシリとアルデリット様へと突き付ける。


ここは王家主催の舞踏会会場。

周りには多くの招待客がいる。楽団の音楽さえも止まってしまっており、皆がこちらに注目している。

とてもおあつらえ向きですこと。


さあ、断罪の幕開けですわ!

悪役令嬢の私を、ケチョンケチョンにすればよろしくってよ。

私はとっくに覚悟はできていますわ。


「なにを言っているのだ? 夜会には参加しないと言って、私のエスコートを断ったではないか。だから私は一人で来たというのに。それでレディリオは誰にエスコートされて来たのだ? 相手によっては考えないといけないな。私のレディリオに手を出すなど、貴族位の剥奪か、王都追放か」

アルデリット様が、何かしらブツブツ言いながら黒い笑顔を浮かべていますわ。声が小さくて、途中から聞こえませんことよ。


パーティーに出席する女性は、エスコートがないと会場には入れない。とは言っても招待状があれば入ることはできます。ただエスコートしてくれる相手がいない女性だと周りから認定されて、とても恥ずかしい思いをするだけ。

そんな認定をされるぐらいなら、普通はエスコート無しでパーティーには出席しない。


本日の夜会への出席は、アルデリット様には私の方からあらかじめエスコートのお断りを申し出ていた。

アルデリット様はミーナさんをエスコートしたいはず。婚約者の私がいれば、嫌でも私をエスコートしなければならなくなるから。

私ってば、何て気が利く悪役令嬢かしら。


二人一緒にいるということは、ちゃんとアルデリット様はミーナさんをエスコートされたということね。一人で来たとか言っていらしたけど、きっと婚約者である私への配慮ね。アルデリット様はお優しい方だから。


「殿下、気を静めて下さい。妹は私がエスコートいたしました」

私の背後から兄であるアーロンが進み出てきた。


お兄様ったら、わざわざ口を挟むなんて、目立ちたがり屋さんなのね。孤高の悪役令嬢は一人でもパーティーぐらい参加できますのに。

今回はパーティーに向かう馬車に乗ろうとしたところで、お兄様に見つかってしまっただけですわ。


「アーロン。レディリオが今日の夜会に欠席すると連絡してきたのは、お前だったと思うが、どういうことだ?」

「申し訳ありません。妹は体調が悪いと言っていたので欠席をお伝えしたのですが、先ほど体調が良くなったから夜会に参加するのだと言い出しまして、仕方なく私が連れてきたしだいです」

アルデリット様の問いに、お兄様が答える。


お兄様ったら、いかにも私が我儘だと仰っているのね。

よろしくってよ。どんどん仰って。私の悪役令嬢っぷりを皆に知らしめて下さいませ!


「レオ、具合が悪いのかい?」

「え、あの、だ、大丈夫ですわ」

いつの間にか私の両手がアルデリット様の両手で包み込まれていましたわ。なんて早業!

アルデリット様がこちらに近づいてくるのにすら気づきませんでしたわ。

そっとアルデリット様と距離を取るために後ろに下がろうとしたのに、後ろにはお兄様がいらして動けない。お兄様邪魔ですわ!


「私が贈ったドレスを見せてくれるために、無理をして参加したのかい?」

アルデリット様、お顔を近づけないでくださいませ! それに、そんなに心配そうな顔をされると、握られている手を振り払いにくいですわ。


今私が身に付けているドレスは、今回の夜会のためにとアルデリット様が贈ってくださったもの。

光沢のある白地に、アルデリット様の瞳の色である深緑の刺繍が何カ所も入れられており、とても贅沢で華やかなものですわ。

いくら婚約破棄される予定の悪役令嬢だとはいえ、贈られたドレスを無下にするわけにはいきませんもの。

ドレスに罪は無いですし、頂いたからには着ない訳にもいきませんわ。私は悪役令嬢の前に貴族令嬢。礼儀はわきまえておりましてよ。


ハッとしてミーナさんを見る。

急にアルデリット様が移動してしまったから、ミーナさんはその場に立ちつくしたまま。

ミーナさんの着ているドレスは、フリルを多くあしらったピンクの可愛らしいもの。

愛らしいミーナさんには、とてもよくお似合いのドレスだけど、アルデリット様から贈られたものではない……と、思えますわ。だってアルデリット様の好みではありませんもの。

だてに3歳から婚約していませんわ。アルデリット様の好みは熟知しておりましてよ。


またも私はハッとなる。

もしかしたら、今まで私がアルデリット様の好みだと思っていたものは勘違いだったのでは? 実はミーナさんのような可愛らしい系がお好きだったとか。

そうよね。ミーナさんを選ばれたということは、ミーナさんの方が好みだということですわよね。

私は吊り目のキツイ顔立ちで、ミーナさんのような可愛らしい装いは似合いませんもの。


落ち込みそうになって、慌てて頭を振る。

こんなことじゃ駄目! 私は悪役令嬢なのよ、凛とした佇まいのまま断罪されなければ。


「レオ、具合が悪くないのなら、私と踊ってくれるかい?」

アルデリット様が麗しいお顔に美しい笑みを浮かべて、私の手にキスをする。

止めてくださいまし! キラキラの無駄遣いですわ。


王家主催の舞踏会では、王族の方がダンスを始めなければ、他の参加者たちは踊り始めることは出来ない。

陛下と王妃様は、まだ会場にいらしていないから、皆がダンスを始めるためには、王太子であるアルデリット様が最初に踊らなければならない。

アルデリット様は、まだ私との婚約を破棄してはいないから、私を誘うしかないのですわ。


困惑したような顔をしているミーナさんへと視線を向ける。

本当ならば、アルデリット様を拒否するべきなのでしょうね。私は心苦しくなってミーナさんから目を逸らす。

どうか今だけアルデリット様の手を取らせてもらいたいの。もうアルデリット様とはダンスを踊ることは出来なくなってしまうのだから。

最後に一度だけ、アルデリット様と踊ることを許しい欲しい。


「ええ、喜ん「ちょっとお待ちください」」

私がアルデリット様に返事をしようとするのを、お兄様が遮った!

酷いですわ、お兄様。

いくら私が悪役令嬢だとしても、最後の思い出ぐらい頂いてもよろしいではありませんか。

妹の幸せを思ってはくださらないの?


「どうしたアーロン。私はレオと踊ろうとしているのだが、見て分からないのか」

アルデリット様の声が低い。

いくらお兄様がアルデリット様の側近だとはいえ、行動を邪魔されたくはないのでしょう。


「殿下が妹を甘やかすからですよ」

お兄様が両手を上げてヤレヤレとため息を吐いている。


「いいですか。今回の件もそうですが、殿下は妹に甘すぎます。両親や私がいくら叱ったところで、殿下が妹を庇われると、妹は言うことを聞きません。我儘が酷くなるだけです。キッチリと叱っていただかないと困るのです。今日もテオとロンドは妹の我儘に振り回されていたのですからね」

お兄様の苦言に、アルデリット様の後方に控えていたテオ様とロンド様も、お兄様の側へと出てこられた。


お兄様、テオ様、ロンド様はアルデリット様の側近として、いつも側に控えている。

お兄様は公爵家の嫡男。テオ様は騎士団団長の次男、ロンド様は宰相様の孫に当たる方達だ。


「そうですよ。今回の夜会もレディリオ嬢がいきなり参加しないと言い出すから、ハノーマ公爵家に迎えに行くと言いだした殿下を止めるのが、どれだけ大変だったか。それなのにレディリオ嬢は夜会に参加されていたなんて、私たちの苦労は何だったのですか!」

ロンド様が渋い顔で仰って、隣でテオ様もウンウンと頷いていらっしゃる。


オホホホ。その調子ですわ。

私は待っていましたと心の中で高笑いをする。どんどん私の我儘をあげつらってくださいませ!

私の待っていたのはこれですわ。このまま断罪へとレッツゴーでしてよ。


「今日は具合が悪かったと言っているではないか」

「殿下、言っているそばから妹を甘やかさないでください」

私を庇うアルデリット様をお兄様がいさめている。


アルデリット様はお優しいの。こんなにお優しいから、私をなかなか断罪できないのですわ。

私はギュッと自分の胸元を握りしめる。でも駄目、すがっては駄目よ。アルデリット様にはミーナ様がいらっしゃるから。

私がアルデリット様の優しさに付け込んでしまう前に、早く断罪をしてもらわなくては。


「またそうやって、庇われるからいけないのです。今回のことばかりではありません。レディリオ嬢は毎回毎か「謝ってください!」」

「「「「「え?」」」」」

厳しく私の罪状を述べようとしていたロンド様を、誰かが遮った。


いきなりのことに全員が驚き、乱入してきた声の持ち主へと視線を向けるのだった。


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