束の間の遊戯-21-

 どうやらやはり俺は対応を間違えてしまったようだ。


 そう自分の不甲斐なさに心の中でため息をついていると、麻耶さんが不意にポケットから何かを取り出して、俺に手渡してくる。


「これを持っていきなさい」


「え……これは……」

 

 麻耶さんから渡されたものを見ると、神社の小さな御守りのようであった。

 

 一瞬マジックアイテムの類かと思ったが、魔力はまったく帯びてはいない。

 

 その御守りは大分古いものに見えた。


 年月を重ねた証として、現に色あせてはいたが、それ以外は大分綺麗で、糸のほつれ一つすらなかった。


 持ち主が、よほど丁寧に扱っていたのだろう。


 その質感は柔らかく、魔力の類はないのに、暖かみすら感じられた。


 この御守りがどういうものかは不明だが、持ち主が相当に大事にしていたことは門外漢の俺でもわかる。


「見てわかるでしょう? 御守りよ。あなたみたいな男でも一応は人間なのだから、万が一ということがあるでしょう。言うまでもなくダンジョンはとても危険な場所よ……油断せずに気をつけて行きなさい」

 

 麻耶さんはそう言うと、一瞬だけ不安げな表情を浮かべたが、すぐに表情を変えて、いつもの調子へと戻る。


「それじゃあ……話しは終わりよ。すぐに出発しなさい。今の状況下では、きっとあなた目当てに色々な関係者が寄ってくるだろうから——」

 

 と、麻耶さんが言葉を止める。

 部屋の前が何やら騒がしいのだ。


「ま、まずいですって! 松方さん! 局長案件で、ダンジョン協会の二条院会長も来てるんですよ。それを勝手に——」


「うるせえ! 俺は一目この騒動の原因となっている男の顔を見てやりたいんだよ。奴のせいで俺等はその対応で連日徹夜なんだぞ!」


「いや……徹夜といっても松方さんは昨日も飲みに行って、事務室で寝てただけでしょ。電話も取らないし……」


「ばかやろう! 俺は外で色々な関係者とだなあ——まあいい。とにかく……俺はやつと話したい。麻耶ちゃんとも話しがあるしな」


「マヤちゃんって誰ですか……。まだ酒抜けてないんすか……店の女のこと話している場合じゃないでしょ」


 どうやら男たちが部屋の前で大声で何やら話しているらしい。


 麻耶さんが少しばかりあきれたような顔を浮かべて、ため息をついて扉を空ける。


「聞こえてますわよ。松方さん。どうぞ中に入ってください」

 

 扉の前には俺より幾分か年かさの50代の男と20代の男がキョトンとした顔をして立っていた。


「ああ……悪いな。それじゃあ遠慮なく。お前は事務室に戻って電話対応でもしてろ」

 

 と、松方と呼ばれた年配の男はズイズイとその言葉どおり躊躇なく部屋の中に入ってくる。

 

 若い男は唖然としたままその場に立ち尽くしている。


 部屋に入るなり、松方氏は俺をジロジロとひとしきり無遠慮に見ると、


「うーむ。やっぱり写真で見たのと同じ印象だなあ。オッサンの俺が言うのもなんだが、どう見てもそこらにいるオッサンにしか見えん」


 と、そのとうの本人が目の前にいるのにも関わらず不躾にそう言う。

 

 俺は突如現れた謎の男……松方氏に戸惑っていると、


「いや……すまんすまん。つい……な。本人がいるのにも関わらず失礼だった。別に悪気はないから許してくれ」


 と、あっけらかんとそう言う。


 言葉遣いは雑だが、そんなに悪い男ではないようだ。


 大分失礼なことを言われているのにも関わらず、俺はそんな印象を受けた。


 あまりにもあけすけな物言いであり、嫌味を感じないからだろうか。


 少なくとも彼は俺に敵意や恐れを抱いている感はない。


 俺としては、慇懃無礼な役人たちより、こういうわかりやすい人間の方が話しやすい。

 

 しかし、この人……松方氏は役人なのだろうか。

 とても、そんな感じには見えないが……。


「松方さん……それでどうされたのです? わたしに何か話しがあるんでしょ?」


「いやなに……麻耶ちゃんと久しぶりに会って話したかったのもあるし……何より怪我をしたと聞いたから心配したんだよ」

 

 松方氏はそうやけに馴れ馴れしく麻耶さんと話しをする。


 というより、松方氏は、大胆不敵にもあの麻耶さんのことを「ちゃん付け」で呼んでいる……。


 それは第三者の俺が思わず心配するほどの暴挙と言える。

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