束の間の遊戯-22-

 麻耶さんの顔色を俺はおそるおそる確認する。

 

 またこの場で魔法を唱えられたらたまったものではない。

 

 しかし麻耶さんは特段不快な顔を浮かべていないどころか、懐かしの友人とでも語らうかのごとく楽しげですらあった。


「それは余計なご心配をおかけして申し訳なかったですわ。ですが、ご覧の通りわたしは何ともありませんわ」


「それは何よりなんだが……いったい全体この数日で何があったんだ? 前に話した時と大分様子が違うようだが……」

 

 松方氏はそう言うと眉根を寄せて、しかめっ面を浮かべる。


「それは……まあ色々とありまして……ね。後で話しますわ。それで……彼はもう行かせてもよろしいですか?」

 

 麻耶さんはそう言うと言葉を濁す。


 麻耶さんとしては、俺の前ではあまりそのことについては触れられたくないようだった。


「ああ……この目で直に見られたし、話しもできたしな。まあ……やっていることの割には、そんなに変な奴でもなさそうだしな」

 

 松方氏はそう俺のことを褒めているのだか、けなしているのだかよくわからない評価を下す。


「それはよかったですわ。それじゃあ……二見、あなたはもういいわ。美月と合流しなさい。後の諸々はわたしがやっておくから」

 

 麻耶さんはそう言うとさっさと話しを終わらせてしまう。


 どうやらやはり麻耶さんとしては、俺をさっさとこの場から追い出したいようだ。

 

 俺としてももとより長居する気はない。

 

 麻耶さんと松方氏の関係は少しばかり気になったが、俺もいたずらに人……ましてや女性の過去を詮索するような趣味はない。

 

 と、俺が、部屋を出ようとした時、松方氏が不意に俺の手にあった御守りを見る。


 そして、松方氏は目を止めて、


「それは……あいつの……」

 

 と驚いたような声を上げる。

 

 ついで、松方氏は麻耶さんの方を無言で見て、


「どういうことか説明してくれるんだよな?」


 と真剣な口調で言う。


「ええ……後ほど……」

 

 麻耶さんはそう言葉を濁す。

 

 なにやら微妙な空気が漂っていたが、いずれにせよ二人とも俺の退出を暗に促している様子であった。


「それでは……自分はこれで」

 

 と俺はそう一言いって、その場からお暇する。

 

 部屋を出ると、長い廊下の奥から美月さんがタイミングよくこちらへと歩いてくるのが目に入った。


「ああ、二見さん、そちらの方の話もちょうど終わったようですね。では行きましょうか」


 美月さんはそう言うとさっさと先へ進んでしまう。


 俺は美月さんの後ろを追いかけながら、


「えっと……麻耶さんからは新ダンジョンに行けと言われたのですが……」

 

 と俺は自分で話しておきながらも、かなり間抜けだなと思う質問を美月さんにする。

 

 よくよく考えてみれば、俺は新ダンジョンの場所すら麻耶さんから教えられていない。

 

 たしか北海道と言っていた気はするが。


 ……それなりに遠方だな。

 

 交通費……飛行機代は出るのだろうか。

 

 ポータルを設置するにも、一度は実際に現地に行かないといけない。

 

 さすがに数百キロを浮遊魔法で強行軍をするのは、今の俺の年齢では大分こたえる。

 

 まだ秋とはいえ、北海道の……しかも上空はかなり冷えるだろうしな。

 

 となると、防寒対策の魔法——ファイアーヴェール——は欠かせない。

 

 浮遊魔法で強行するとなると、ファイアーヴェールとのダブル詠唱を常時しないとならないのか……。


 できれば飛行機で行きたい……。

 

 しかし、自腹となると来月の家賃の支払いを考えると躊躇してしまう。


 やはりここは我慢してでも、財布に優しい浮遊魔法で行くしかないのか……。

 

 と、俺はそんな極めてみみっちい……いや現実的な問題について頭を悩ませていた。

 

 エレベーターに乗りこむと、美月さんは、


「ああ、大丈夫ですよ。その手配もしていますから。ちょっと場所が特殊なので、渡航手段も限られていますから。そのことについて、色々と話し合いが必要だったのですけれど、そこら辺は母がやってくれたようです」

 

 と、あっさりとそう言う。


「はあ……それはありがたいです」

 

 特殊な場所……という表現は気になったが、どうやら俺自身で飛行機の手配等はしなくてよいらしい。

 

 これで当座の経済的な問題はなんとかなりそうだ。

 

 俺がほっと胸を撫で下ろしていると、エレベーターが止まる。


 扉が開くと、地下の駐車スペースが広がっていた。


 そして、そこには見覚えのある黒塗りの車が止めてあった。

 

 どうやらこの車でまたどこかに向かうようだった。

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