束の間の遊戯-20-

 もとより俺は冒険者なのだし、ダンジョンに行くことにさしたる抵抗もない。

 

 しかも新規のダンジョンというのにも興味をそそられる。

 

 この世界では国ごとの様々な規制もあり、一民間人である俺が入れるダンジョンは限られていたから、なおさらだ。


 だから、異世界ではいくつもの未踏査のダンジョンを探索したが、この世界に戻ってきてからは手つかずのダンジョンに入った経験はない。


 ワクワクする……というほどには俺は若くはないが、これでも未知のモノに対する好奇心はまだ枯れ果ててはいないつもりだ。

 

 麻耶さんは俺があっけなく了承したことが驚きだったのか、意外な顔を浮かべて、


「そ、そう……それはよかったわ」

 

 と、言う。


 そして、その後で表情を崩して、ほっとした顔を浮かべる。


 どうやら麻耶さんは表面上は俺の意思など関係ないという素振りではあったが、実際のところは無断で勝手にダンジョン行きを決めてしまったことを案じていたようだ。


「ところで麻耶さん、新ダンジョンの件はよいのですが、それより自分の先日の……そのう……建物や戦車を破壊してしまった件は大丈夫でしょうか?」


 と、俺は色々あって聞けなかった今一番気になっていることを聞く。


「それなら安心しなさい。わたくしが責任を持って、日本政府と交渉するから。あなたが不利になるようなことはさせないわ。今度こそ……ね」

 

 と、麻耶さんは両手を腰にあてて、胸を張る。

 

 その様子は先ほどと異なり自然体であり、一切の虚飾がない。

 

 こうまで言われれば麻耶さんを信用するしかないだろう。

 

 現実的に考えても、俺には日本政府と交渉できる立場ではない。


 この世界で人脈と言えば麻耶さんたちくらいしかいないのだから、彼女たちに任せるよりほかはない。


「よろしくお願いします。で、では自分はこれで……」

 

 俺はそう深く一礼し、部屋を出ようとする。


 麻耶さんと俺の物理的距離は未だに近い。

 

 せっかく麻耶さんとの関係もだいぶ良好なものになってきたのに、先ほどの男と同じ轍を踏みたくはない。


 実際、俺は今さっき礼をして顔を戻した時に、無意識に麻耶さんの胸に目がいってしまった気がする……。


「ま、待ちなさい!」

 

 が……俺が麻耶さんの横を通り抜けようとした時に、呼び止められて、そればかりか手まで取られる。

 

 俺は自身の杞憂が現実のものになったのかとギクリと体をこわばらせる。


「な、なにか?」


「……ふ、二見……そ、その……先日の件は本当に申し訳なかったわ」

 

 と、俺が顔を向き直ると、麻耶さんは深々とお辞儀をしている。

 

 麻耶さんがこんなにもけなげな態度を取ることに俺は驚いてしまう。


「あなたはわたしの……いえわたしとあの人の大切な娘の命を助けてくれたのに、わたしはそれを誤解して……あんな真似をして……。しかも、あなたはその後でわたしの命をも助けてくれた。これだけの恩を受けたのだから、わたしはあなたが……どんな要求をしようとも、二条院家の女として、したがう覚悟よ」

 

 麻耶さんはそう言うと言葉をつまらせる。


 そして、おもむろに顔を上げると、俺の方をじっと見つめてくる。


 こころなしかいつも勝気に輝いている麻耶さんのその瞳が少女のようにか細く潤んでいる気がした。

 

 いつの間にかまた麻耶さんの両の手が俺の手に触れて、ギュッと力強く握ってくる。

 

 しばしの間の後で、麻耶さんは俺から手を離して、恥ずかしそうに目を逸らす。


「と、とにかく……そ、そういうことよ。わたしが、恩を感じないような恥知らずな女だと思われたくなかったのよ。受けた恩にはそれ以上の恩を持って返す。それが、わたしの……いえ二条院家の流儀よ。そ、その……あなたと二人っきりで話す機会がなかなかなかったから……今の今までお礼も言えなかったけれど……」


「わ、わかりました……」


 俺はひとまずそう言うことしかできなかった。


 正直なところ俺は、何と言えばよいかわからずに戸惑っていた。

 

 何せ俺には麻耶さんの命を助けた云々についてはそもそも記憶すらない。


 それに麻耶さんの態度は、妙に真剣かつ神妙なものであった。


 俺の脳には、こういう時に女性にどういう言葉をかけたら適切なのか、残念ながら半世紀近くにおよぶ蓄積があるにも関わらずあまり参照できるものがない。


「……そ、そう……。あ、あなたが特にわたしに何も求めない……い、いえ……言うことがないというのなら、い、以上でおわりよ」

 

 そう言う麻耶さんは、あからさまに期待外れという表情を浮かべている。


 いや……それどころか麻耶さんの顔はこころなしか不機嫌なように見えた。

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