露国対外情報庁サイド-03-

「わたしたち……のでしょ? まあいいわ。手違いがあって、予想よりも少し事態が大きくなってしまったわ。でもこれはわたしが原因というより——」


「少しだと……ものは言いようだな。わたしは協会での出来事を日本のメディアを通じて知ったのだぞ。これほどの大事にしておいてよくこれだけ報告が遅れたものだな」


 イヴァンは思わず声を荒げてしまう。

 

 この件をもみ消すために、どれほどの労力が必要となるか。

 

 考えただけで、ウォッカがあと数杯は必要だ。

 

 イヴァンはさっそく空いたグラスにウォッカを注ぎ、口に運ぶ。

 

 一気に飲み干したかったが、さすがにそれは自制した。


 イヴァンが知る知人の男の多くは、まだ50過ぎだというのに、アルコールの飲み過ぎで、体を壊している。


 その知人の何人かが頭に浮かび、コップにかけていた手を辛うじて放す。


「生きていたことを褒めてもらいたいものだけどね。あんな化け物を相手に……」

 

 と、サーシャの声が突如として陰りをみせる。

 

 いつも人を食ったような性格のこの女にしては大分珍しい。


「化け物だと……まさかあのマジックアイテムが有効に機能したのか?」


「どうなのかしらね……。ダンジョン内では、まるで機能しなかったから、てっきりいつものまがい物だと思っていたけれど——」

 

 サーシャが言うようにイヴァン自身まったくといってよいほど、あのマジックアイテムには期待していなかった。

 

 というのも、過去マジックアイテムだと言われて入手したほとんどのモノは単なるガラクタだったからだ。

 

 だが、もしも本当に額面どおりの機能があるならば、とんでもない価値がある代物ということになる。


 モンスターを人為的に呼び寄せることができるマジックアイテム……。

 

 しかもダンジョン外にまで呼び寄せることができるのなら……それはスタンピードを任意に起こせることを意味する。

 

 イヴァンは柄にもなく思わず興奮してしまう。


 しかし、口調はそれでも変わらぬよう努めた。


「はっきり説明しろ。化け物……モンスターを呼び寄せることができたのだろう? 協会での事態はお前が呼び寄せたモンスターが原因だったのか?」


「いっぺんに質問しないでくれないかしら……。わたしだって何がなんやらまだよくわかっていないのだから」


 サーシャが少し苛ついたように言う。


「モンスターを呼ぶことは確かに……できたわ。でもアレはダンジョン内から出てきたモンスターではなかったわ。場所と時間を考えればアレは協会内から出てきたものとしか……」


 と、サーシャは何かを思い出すように言う。


「協会内だと? やつら生きたモンスターを協会内でかこっていたというのか。日本人にしては随分と大胆だな」


「いえ……確かに動いていなかったのだけれど……まあそれはいいわ。とにかくその馬鹿みたいに強力なモンスターが突然動き出して、それに日本のアーミーまで出てきて、そして……そして……あの化け物みたいな人間が——」

 

 そして、そこでサーシャの口が急に止まってしまう。


「ちょっと……待て。日本の軍まで乗り出してきたのか。お前の工作は露見していないのだろうな?」


「え? ああ……あの忌々しい女に一度は捕まったけど、混乱に乗じて逃げて出したから大丈夫よ」


「捕まっただと……。それのどこが大丈夫なんだ」

 

 イヴァンは思わず片手で眉間を押さえる。

 

 日本の軍まで出てくるほどの事態になっている時点で非常に頭が痛い問題だ。


 それなのに、その工作活動を仕掛けたとうのサーシャが一時的とはいえ捕まったなど……。


 イヴァンが頭を痛めていると、


「それにしても……あの化け物はいったい何者なのだったの……そもそも本当に人なの……」


 と、サーシャがつぶやくように言う。


「軍とモンスター以外にも誰かいたのか? 異能者か何かか?」


「……そうね。いたわね。アレを異能者……いえ人というならね」


 いつも喋り過ぎなくらいに口が軽いサーシャの口が今日に限ってやけに重い。


「……どういうことだ?」

 

 思い出しくないのだろうか、サーシャは話しをするのを大分渋った。

 

 ようやく聞き出した内容は、イヴァンの想像を超えた話しであった。


 一人の異能者が軍の一個小隊ですら敵わないモンスターを一瞬で殲滅、さらには宙を飛び回り、戦車の破壊までしているという……。

 

 サーシャは自分の報告を信じてもらえないと思ったのだろう。


 話をしている間に、彼女が撮影したと思われる動画をイヴァンの携帯端末に送ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る