英雄、目覚める-14-

 着弾前に『クロニクルガード』の発動とともに、念の為、美月と麻耶にも浮遊魔法をかけて上空に退避させていた。


 この威力を見る限り、『クロニクルガード』だけで十分ではあったようだが……。


 戦車……か。


 砲撃が発射された方向へと目をやる。


 俺は二人の浮遊魔法を解除して、麻耶と美月を再び地面に下ろす。


「ふ、二見さん……なぜここに!? というか……なんでわたしたち宙に……」


 美月は混乱し、何かをわめているようだ。


 この女たちのことは今はどうでもいい。


 今はそれより敵——戦車——の排除が先決だ。


 俺は二人を無視して、スピードを上げて、敵——戦車——の方へと向かう。


 それにしても、この場所。


 てっきり都内のどこかと思っていたが……。


 どうやら違うらしい。


 まるで空港のようにあたりにはだだっ広い空間が広がっている。


 それに遠くに見える施設。


 あれは俺がいつも行っていたダンジョンではないか。


 数十秒後、俺は対象をようやくとらえることができた。


 数百メートル彼方に、戦車が1輌鎮座している。


 部隊で展開しているという感じではない。


 どうやら麻耶の言葉から察するに、急遽この場に回された戦車のようだ。


 何十輌もの戦車が展開されていたら、さすがに制約を守りながら、無力化するのは困難だが、一輌なら容易い。


 既にこの距離は俺の魔法——ペネトレイト——の射程範囲だ。


 俺は、手に集約させたペネトレイトを戦車の砲塔めがけて放つ。


 戦車の砲塔はペネトレイトの直撃を受けて、瞬時に消滅した。


 遠距離で威力が落ちていたが、それがある意味で幸いした。


 うまいこと砲塔だけを除去できた。


 これなら制約……乗組員は生きている……は守れただろう。


 案の定、砲塔が無くなった珍妙な形の戦車から乗組員たちがはいでてくる。


 唖然とした素振りを見せているが、上空の俺にはまだ気づいていないようだ。


 今下手に気づかれても面倒だ。


 それに俺には先ほどの女たちのこともある。


 あまりのんびりしていると、麻耶があの世に行ってしまうかもしれないしな。


 それにしても麻耶にはやはり利用価値がある。


 どんな手段を使ったのかは不明だが、この日本において、戦車を派遣させるなんて芸当ができるとはな。


 少なくともこの25年間で、この世界……いや日本の情勢がよほど変化していない限り、とても簡単にできることとは思えない。


 あの女はやはりかなりの権限を持っていると考えた方がよいな。


 俺はそんなことを脳裏に浮かべながら、女たちのところに戻る。


 美月は、俺が戻ってきたことにも気づかずに、麻耶を懸命に介抱している。


「お母様……お母様……しっかりしてください……」


 美月は、泣きじゃくりながら、麻耶の体に覆いかぶさっている。


 俺は耳触りな泣き声を出している邪魔な美月を後ろからどかす。


「ふ、二見さん……今までいったいどこに? いえ、そうよ……二見さんなら……お母様を……」


 美月のすがるような目と合う。


 俺はこういう目をした人間どもを散々に助けてきた。


 そして、感謝されてきた。


 だが、人という生き物の感情はすぐに変わる。


 感謝はやがて、恐怖に……。


 恐怖は、やがて敵意に……。


 今度は過ちは犯さない。


 俺を決して裏切らない……いや裏切ることができない連中を配下にしなければな。


 それには感情ではなく、確かな契約で縛る必要がある。


 アンデットはそういう意味では最適であるが、所詮は意思なきものだ。


 単純な行動にはそれでも役立つが、複雑な行動には向かない。


 感情——意思——を持ち自律的な行動が可能でありながら、なおかつ俺に絶対服従をする人間……。


 そんな都合のよい人間などいる訳はないのだが、特殊な条件を満たせばそれも可能になるはずだ。


 俺は美月から視線をそらして、麻耶を見下ろす。


「まだ生きているか?」


「ふ、二見——お、お前は……」


「どうやら、まだ時間はありそうだ。未熟な割にはその生命力はなかなかのものだ」


 麻耶は俺を視界にとらえると、先程までの虚ろな目に光がやどり、眼光鋭く俺を睨む。


「そう睨むな。状況がわかっているのか? 俺の力をもってすれば、いつでもお前をいや……娘も——」


 麻耶の強気な瞳は一転して、恐怖の色に染まる。


「ふ、二見さん……い、いったい何を言って——」


 美月が俺の方を見て、戸惑いと驚きの表情を見せている。


 娘がいると色々と面倒だな。


 娘の方はもう用済みだ。


 俺は美月の方に向き直る。


 ついで、両手に魔力を集中させて、美月の頭を包み込む。


「な、なにを……しているのですか」

 

 俺の不自然な行動に対して、さすがの美月も疑いと警戒の視線を向けてくる。

 

 だが、もう遅い。

 

 数秒後、美月は白目を向いて、体ごと崩れ落ちる。


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