英雄、目覚める-13-
破綻のきっかけは些細なことであった。
麻耶のサンダーボルトの攻撃がわずかにデスナイトの体からそれたのだ。
そのせいで、魔法を食らう度に一歩遅れていたデスナイトの攻撃の動作が速まった。
それはギリギリで避けていたであろう美月にとっては致命的だったらしい。
美月は今までの攻防ではデスナイトの攻撃を体ごと避けていた。
だが、今回の攻撃では避けきれずに、デスナイトの二刀流の剣を正面から受けてしまう。
「み、美月!!」
麻耶の悲痛な叫びとは裏腹に、美月は剣でなんとかデスナイトの二刀を押さえていた。
だが、それは一瞬だった。
所詮は脆弱な剣士である。
哀れにも美月は、デスナイトごときの剣戟すらまともに受けきれずに、背後に吹っ飛ばされる。
そして、母親の方は愚かにも感情を剥き出しにして、魔法の詠唱を中断して、娘の方へと駆け寄ろうとする。
そこをデスナイトにとらえられて、麻耶もまた同じ運命を辿る。
ただ、麻耶の方は剣士ではないため、デスナイトの二刀をほぼまともに受ける形になった。
死んでいないようだが、もはや闘える状態ではないだろう。
娘は、母親の無残な姿に呆然自失の有様であった。
ここまでがわずかに1分も満たない間に起こった。
この程度の時間なら退屈極まる未熟な闘いもなんとか見られるというものだ。
それに、この状況は俺にとってはなかなかに都合の良い展開だ。
俺は自身の手に魔力を集中させて、貫通特化型魔法「ペネトレイト」をデスナイトの頭部に放つ。
暗闇の中に一瞬まばゆい光が輝き、デスナイトの頭部は消滅し、その巨体はもろくも地面に倒れる。
生物ではないデスナイトの急所は頭部ではない。
胴体のどこかにあるコアがその急所だ。
現に頭部を失ったにも関わらず、胴体はまだ動いている。
だが、戦闘不能状態であることに変わらない。
それにデスナイトが生きている以上、また脅威は去っていない……と認識してくれればよいのだが……。
それほど都合よくはいかないだろう。
まあ……いずれにせよ俺にはあまり時間は残されていないだろう。
再び暗示が機能することは間違いない。
それまでに今後の布石を打っておかないとな。
麻耶が即死せずに瀕死の状態になってくれたことはついていた。
これで実験ができる。
俺は、頭部をなくし胴体だけを奇妙に蠢かせているデスナイトを横目にして、美月の前に立つ。
「あ……な、なに……な、なにが——」
美月は目の前の状況を把握できずに呆然としていた。
俺は美月を無視して、既に虫の息となっている麻耶を見る。
麻耶はそれでも意識はまだあるらしい。
そうでなくてはな。
これなら楽しめる。
意識をなくしていたら、意識を保てる程度には回復させてやろうかと思っていたが、どうやらその手間は必要ないらしい。
俺は惨めに倒れている麻耶を見下ろす。
「うう!! ああ……ふ、二見……あなたは……」
麻耶は、俺のことに気づいたらしく驚きの表情を浮かべている。
いつ見ても自分の勝利を確信していた人間が、無様な様を晒す姿を見るのは気分がよい。
しかもそれが俺に敵対していた美しい女ならなおさらだ。
俺の心の中になんともいえぬ愉悦が湧いてくる。
いや……落ち着け……こんなことをしている場合ではない。
感情は抑えなければな。
前回の教訓を生かさなければ……。
と、不意に遠方から空気を裂くようなボンという音が耳に木霊する。
同時に、俺はこちらに向かってくる物体を察知し、瞬時に動く。
ち……結局こいつらも守らなければならないのか。
俺は浮遊すると同時に、麻耶と美月にも「クロニクルガード」を発動させていた。
今こいつらに死なれるのは、俺の益にならない。
それにしても俺のソウルエコーの射程の範囲外……少なくとも1キロは離れているはずだ……からの攻撃か。
俺は中空から、デスナイトの胴体を見る。
デスナイトの胴体に物体——砲弾のようなもの——が命中した後がある。
その装甲は、完全には貫通されてはいないが、大きくへこんでいる。
威力はともかく射程の長さと命中の精度はかなりのものだ。
数キロ離れた場所から、一メートルの誤差もなく、対象に命中できる——。
俺の習得している遠距離魔法でもそれほどの射程と精度をもつものはない。
どうやらあまりこの世界のことを過少評価するべきではないな。
「砲弾……戦車の展開が……ま、間に合ったの……」
隣で同じく宙に浮いている麻耶がうつろ気な言葉を漏らしている。
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