内閣府ダンジョン対策庁サイド-03-
松方が廊下に出て、局長室を見ると室内には誰もいない。
局長も政治家に呼び出されて、そのレク——説明——のために本人自らでばっているのだろうか。
「局長あての電話……出たほうがいいんですかね?」
「今は俺らしかいねえんだから、出るしかえねだろ」
むろん当然のことながら、一職員の松方が出るべきではない。
出たら面倒になることに決まっている。
それが通常の役人の発想だ。
が……この松方という男はそうではない。
直感的に面白そうだと感じた松方は勝手に局長室へと入る。
「ち……ちょ! 松方さん……。なにやって——」
平井が止める間もなく、松方は電話を取る。
「もしもし……」
「二条院です。あら? 局長……という訳ではなさそうね」
松方はあまり後悔ということをしたことがない性分だ。
が、この選択をしたことはすぐに悔やむことになった。
その声は松方がよく知る人物だった。
「麻耶ちゃん!? いやすまん……二条院さんか」
「松方さん? 久しぶり……ですね」
聞き耳を立てていた平井が後ろで声を上げて驚いている。
「二条院って……あのダンジョン協会の会長の!? 松方さん知り合いだったんですか!?」
そう……電話の主は、ダンジョン協会日本支部の会長、二条院麻耶であった。
互いに思わぬ相手であったからか、しばしの沈黙が続いた。
まったくなんてタイミングだ……。
アイツのことが頭に浮かんだと思ったら、そのカミさんから電話とは……。
松方がそんなことを心の中でつぶやいていると、麻耶が最初に口火を切った。
「……主人の17回忌にはわざわざ遠くから、来て頂いてありがとうございました」
「いや……それは。その……美月ちゃんは元気かい?」
「ええ。おかげさまでね……わたしの言う事は最近あまり聞かないけれどね」
「思春期の娘なんてたいていそんなもんだ」
「もう成人しているのだから思春期という年齢でもないのだけれどね」
「そうか……美月ちゃんももうそんな年か……」
松方は最低限の世間話はするが、それ以上会話は続かない。
電話越しでもわかるほどに微妙な空気が流れる。
「ところで……局長は不在なのかしら?」
「ああ、ちょっとバタバタしているらしい」
「昨日の冒険者……二見敬三の件かしら?」
「……知っているのか。まあ当然か。ああおそらく、そんなところだろうな。やつのせいで、うちは……いやうちに限らず各省庁は蜂の巣をつついたような大騒ぎだよ」
「そう……。なら、ちょうどいいかもね。実はおたくの局長に話しがあったのはまさにその二見の件なの。まあ……松方さんに話しておけば、事足りるわね」
麻耶はやや含みをもたせた話しぶりでそう言う。
「そんな大事な話しをこっぱ役人の俺なんかにしていいのか」
「フフ……2年で出向元の省庁に戻る局長なんかより松方さん……いえ『カミソリ松方』の方がよっぽど庁内……いや各省庁の人たちに話しが通じるでしょ」
「……買いかぶりな気がするが。俺は単なる庁内のやっかいものだよ」
「まあそういうことにしておくわ。本題だけど……」
しばしの間の後で、麻耶の声のトーンが一気に変わる。
「二見を拘束するわ」
麻耶の口調は今までの冗談めかしたものとはまるで違う真剣な口ぶりだった。
「拘束とはまた物騒だな。しかるべき理由はもちろんあるんだろうな」
「ええ……たっぷりとね。二見は諜報員だわ。まだその裏にいる国はわからないけれど。今日協会内で襲われた件で確信したわ」
「襲われた!? 麻耶ちゃんがか!? おい大丈夫なのか!?」
「ええ。大丈夫よ。その犯人……まあ彼女も十中八九、二見と同じ国の諜報員だと思うけれど……いずれにせよ既に拘束しているわ」
麻耶は平然と声色ひとつ変えずにそう言う。
「いや……しかし……」
予想外の麻耶の話しに松方の声は未だにうわずっている。
松方が動揺を隠せないのも無理からぬことである。
なにせ建前上とはいえ、ダンジョン協会は国連の傘下にある組織だ。
そのダンジョン協会の一国の代表が白昼堂々と協会内で襲われるなんて、尋常じゃない。
いったい何が起きているんだ……。
やはり北海道……北方領土内のあのダンジョンの件なのか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます