内閣府ダンジョン対策庁サイド-02-

 松方はこのてんやわんやの大騒ぎの原因となった二見の動画をあらためて見ようと、自身のスマホからDtubeにアクセスする。

 

 が……先ほどまで見ることができていた動画はDtube上から消されていた。

 

 しかも、問題の動画だけではない。

 

 二見が配信していたと見られる動画も全てが消されていた。

 

 既に数億回は再生されていた二見関連の動画はその一切が消されていた。


 ユーザーが拡散、上げたと見られる二見に関する動画も、数分後にはものの見事に消されるといった状況にあった。

 

 運営側が恣意的に削除しているとしか思えない状況である……。


 Dtubeの運営会社にして、ビックテックの一角を担うアルファノヴァからすれば、二見の動画をあえて削除することに益はない。


 広告収入が主な彼らにとって、既に数億回再生されているコンテンツをあえて削除する必要などどこにもないはずだ。


 それに彼らの基本的スタンスは自由放任主義であり、検閲には反対の立場を表明している。


 それは、何かと政府による秘密や規制が多いダンジョン関連業種においては珍しいスタンスであり、だからこそDtubeは世界的人気をはくすことになったのだ。


 2005年の創設以来、ダンジョンネイティブの若者たちを中心にして、急速に成長し、今では数十億人の人々が毎日Dtubeでダンジョン関連の動画を見ている。


 だが日本に限らず、どこの世界にも……そうそれはアメリカでも、シリコンバレーですら……本音と建前がある。


 結局のところ、いくらDtubeが「自由」を叫ぼうとも彼らは、国……覇権国家にして超大国アメリカ……に属している民間企業なのである。


 多少のことなら目をつぶるが、彼らアメリカの国益——その核心的利益ならなおさら——に反する場合はその鷹は容赦なく牙をむくのだ。


 それは、アルファノヴァのようなビックテックですら抗えるものではない……。


 松方は、スマホを閉じて、ため息をつく。

 

 ついで、先ほどから開いている机上のノートパソコン上に映る一人の男の顔写真を見る。


「40過ぎのそこらにいるただのオッサンだわなあ……」

 

 冒険者登録した際に撮られたであろう二見のとぼけた表情の顔写真を見ながら、松方はぼやく。

 

 米国政府がこんなオッサンのために、わざわざビックテック——アルファノヴァ——に圧力をかけて、動画を消させているのか……。


「まあ……何かが起きているのは間違いねえようだな」

 

 まだ電話が鳴り出す前の朝方に、幹部連中が騒いでいたのを松方は思い出していた。

 

 なんでも米国の国土安全保障省の職員二人——しかもその内一人はS級冒険者——が急遽来日するとの話しだった。

 

 さらにその後に、ダンジョン対策局の局長も非公式ながら来日することが伝えられたらしい……。

 

 米国政府の高官が何の用事もなく予定外の来訪をすることは珍しい。

 

 ましてや今は時期が時期である。

 

 返還された北方領土の二島内において、実に10年ぶりに発見された新規のダンジョン……。

 

 そして、当該ダンジョンの存在は、その場所と内部の特殊性ゆえに未だに世間には公表されていない。

 

 これに米国が何らかの干渉をしてくるのではないか……と幹部連中は憶測していたが……。


 まあ……米国の連中の腹の中を探っていてもしかたがない……。

 

 と……隣で平井が電話口で流暢な英語を話す声が聞こえる。


 どうやら、電話をかけてくる人間たちは国内だけに限らないらしい。


 外国からも少なくない数がかかってきているようだ。


 平井が英語の電話対応を終えて、再び電話を取っている。


「今度は……中国語か!? さすがに対応できないぞ……」


 と、平井が顔をしかめて、電話口を手でふさぎながら、愚痴っている。


 英語圏の問い合わせにはネイティブ顔負けの英語で返していた平井だったが、さすがに中国語はお手上げらしい。


 松方は、そのずんぐりとした体を面倒くさそうに動かすと、固定機にささっている電話線のケーブルをさっと引っこ抜いてしまう。


 その調子で部屋にある全ての電話固定機のケーブルを抜いていく。


「!? なんだ……急に!?」


 平井が不通になった電話を眺めて、怪訝な顔を浮かべている。


 電話が鳴らなくなった室内は先ほどの騒ぎが嘘のように静まりかえっている。


 平井はようやく電話回線が抜けていることと、松方がしたことに気づく。


「松方さん!? 何やってるんすか!?」


「いつまでも馬鹿正直に対応してても意味ないだろ? キャリアなんだから少しはここ使えよ」


 気色ばむ平井に対して、松方は素知らぬ顔をして、自分の頭を指差す。


「頭って……市民からの声をまず聞くのが俺たち公僕の責務ですよ!?」


「そういうのは時と場合によるんだよ。こんなのに付き合ってても市民のためにならねえよ。だいたい国外からもかかってきてるじゃねえか」


「……それはそうですけど……」


 平井はそう言って押し黙ってしまう。


 実のところ、松方は平井のような馬鹿正直な熱血漢は嫌いではない。


 ましてや、平井がキャリア……しかもその中でも特にプライドが高いとされる警察庁出身……であることを考えると、非常に好ましくすらある。


 理屈ばかりで実務をないがしろにする傾向のある多くのキャリア連中なんぞに比べればこの男は骨があるとすら思っている。


 が……そういうことを面と向かって言えるほどに、松方は若くはないし、素直な男ではない。


 だいたいこの平井という男……松方のかつての後輩と色々な意味で似すぎているのだ。


 そして、その後輩は22年前にダンジョン内で殉職している……。


 ちっ……嫌なことを思い出しちまったな……。


 と、静まり返った室内に再び一本の電話の音が響く。


 しかし、先ほどの電話と音が違う。


 よくよく聞くと、部屋の外……隣の部屋——局長室——から聞こえてくる。


 これは、局長宛の直通回線だ……。

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