第8話 カマをかけた男はマナーが最低だった(乃蒼視点)

 乃蒼は気を紛らわせるために、別の男のカマをかけてみる。


「○○のことが大好きです。交際していただけないでしょうか」


 男は偽の告白をされた直後、鼻息はものすごく荒くなった。あまりにも単純すぎる脳みそを、心の中でほくそえんでやった。


「君のような美人と交際できるのはとっても嬉しい。すぐに交際をスタートさせよう」


 男はすぐさま手をつなごうとしてくる。彼女になったのだから、何をしてもいいという思考回路になっている。段階を踏むという言葉を、この男は知らないのだろうか。男の過去は知らないけど、彼女ができたことは一度もないと思われる。


 乃蒼は手をつなぐと、顔を大いに歪める。直に油を塗りこんだかのように、ギトギトとしているではないか。いろいろな男と手をつないだけど、ここまでひどいのは初めてだった。


「俺の手は最高だろ。とっても気持ちいいだろ」


 最低の掌を、最高だと言い張る男。他人からの評価は見えていないのかなと思った。


 男は何を血迷ったのか、男は油を塗りこんだ手で背中を触ってきた。セクハラと叫んでやりたいところだったけど、ぐっとこらえることにした。破局してしまっては、のちのちの楽しみを味わえなくなる。クズ男をふったときの快感は、何物にも代えることはできない。


 普段なら一カ月くらいは交際するけど、今回は二日くらいで別れるつもり。油を塗りこんだ掌は、二度は触れたくなかった。


 男は目の前で、ケンタッキーフライドチキンを食べる。乃蒼はその姿を見せつけられたことで、絶対に無理であることを悟った。他人と手をつなぐ前に、脂っこいものを食べる人間は論外だ。 


 男は満面の笑みで、こちらに話しかけてくる。にんにく味のフライドチキンを食べているからか、息はかなり臭くなっていた。


「乃蒼さんも、フライトチキンを食べる?」


 名前を呼ばれただけで、体は身震いする。生理的に受け付けないことを、心ではっきりと認知した。


「おなかいっぱいだから・・・・・・」


 汚物のついたフライドチキンを食べたら、下痢、嘔吐などの症状に見舞われることになる。汚い手を握らされたうえ、体表不良になるのは最悪だ。


 男はビッグマックを取り出すと、口の中に豪快に放り込んでいく。ソースのかかっている商品であるため、手はさらにギトギトになっていた。


「乃蒼さん、手をつなごうよ」


 ベトベトニした状態で、手をつなごうといってくる男。こいつには常識の「じ」の字は存在しないようだ。

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