第7話 通り雨

 先ほどまで青かった空は、急にどんよりになった。もうすぐ雨が降ることを、直感で察した。


 ゴロゴロゴロゴロという音がしたのち、空からは大量の雨が降ってくる。傘を持っていない男は、ずぶぬれになるのを覚悟した。


 美穂は天気を先読みしていたのか、カバンの中から大きめの折り畳み傘を取り出す。


「あいあい傘でいいなら、雨を防げるよ」


 雨から身を守るのが最優先、そのように考えた男は傘に入れてもらおうかなと思った。


「美穂さん、お願いします」


「やったー。一緒の傘に入れるね」


 美穂のおかげで、九死に一生を得ることができた。彼女には感謝しても感謝しきれない。


 豊をしっかりとガードしているからか、美穂の肩に雨がかかっていた。傘を貸してくれた本人が濡れないよう、傘の位置を調整する。


「豊君の体が濡れてしまうよ」


 自分の体を犠牲にして、他人を守ろうとする美穂。優先順位を完全に間違えてしまっている。


「美穂さんは肩、髪などが濡れているよ」


「豊君を守ることだけを考えていて、自分のことを忘れていたよ」


「美穂さんが風邪を引いたら、元も子もないよ」


「豊君はその傘を使っていいよ。私は傘をもう一本持っているから、そちらを使うようにするよ」


 美穂は鞄の中から、二本目の傘を取り出す。


「美穂さん、傘を二本も持っていたの?」


「豊君の性格からして、傘を持ってくるとは思えなかったから。降水確率100パーセントであっても、傘を持ってこなかったものね」


その時点の天気だけで判断することが多く、昼からの天気などは気にすることはなかった。そのときだけの天気を見る性格のせいで、何度も痛い目に遭ってきた。


「ちょっとくらいは変わっていると思ったけど、成長の跡はまったく見られないみたいだね」


「そうだな。ちょっとくらいは変わるといいな・・・・・・」


 ゴロゴロゴロゴロ・・・・・・。美穂は雷の音を聞くと、体をかがませてしまった。彼女曰く、一パーセントでも雷にあたる確率を下げたいらしい。


「美穂さんの雷恐怖症もちっとも変っていないね」


「雷は人間を殺す凶器だよ。怖いに決まっているじゃない」


 雷を怖がっている女性に、そっと手を差し出す。


「美穂さん、僕がついているよ」


「豊君、ありがとう」


 美穂は手をつないだことで、メンタルを持ち直したようだ。


「数年ぶりに握った手は、以前と変わっていないね」


「美穂さんのほうも同じ印象を受ける」


「このままの関係を続けていけるといいね」


「そうだな・・・・・・・」


 高校を卒業すれば、二人は疎遠になっていく。新しい人生を歩んだときには、眼中から消えていると思われる。


 通り雨が過ぎると、空はすぐに青くなった。


「美穂さん、雷はストップしたみたいだ」


 美穂は明るい表情を取り戻す。


「よかった。このままだと、家に帰れないところだったよ」


 帰宅までに通り雨に引っかかる確率は低い。豊は借りていた傘を、美穂に返却する。


「美穂さん、ありがとう」


「どういたしまして」


 空から七色の虹が見えた。


「虹はとってもきれいだね」


「そうだな。すっごく輝いている・・・・・・」


 二人はしばしの間、虹を見つめ続けていた。

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