二十時からの自由時間(6)

『二十時以降に告白すればいいじゃないか。自由時間なんだろ』


 自宅への道を歩く私の頭の中、テダの一言が何度も繰り返される。

 そしてその度に、心臓が早鐘を打ち呼吸が浅くなる。

 彼に気づかされた制限の抜け道にここまで緊張を感じるのは、『告白』をシミュレートした際に思い出してしまったからだ。過去に、私が奴隷でも主を誘惑することができるのだと、ナツハ様をいさめたときの彼女の反応を。


『そんなの、うっかりその気になる未来しか見えない』


 壁に頭を打ち付けてしまいたいくらいのもだえに、足元がふらつく。

 あのとき私が例え話として出したのは、私自身だった。焦ってしまい、「私があなたに手を出せるのだ」と、だから誘惑してくれるなという気持ちで彼女に言い聞かせてしまった。

 その答が……あの言葉だった。


「もし私が本当に誘惑したなら、あなたは……」


 いや、『誘惑』より誠実に伝えるべきか。

 それとも手堅く、彼女がうっかり私にほだされるのを狙うのが得策か。

 どうすれば彼女が手に入るのか……三十分前には夢にも思わなかった幸せな悩みに、私は心が浮き立つのを感じた。

 ――が、それも束の間、フワフワとした気持ちが一瞬にしてうんさんする。


「……私に何の用でしょうか?」


 道をふさぐようにして現れたがらの悪い男たちに、私は仕方なく足を止めた。

 前方に二人、おそらく後方にも二人以上。


「お前が奴隷から解放されるのは気に入らないって方がいるのさ」

「どんな手を使って抜け出したかはわからないが、二度目の奇跡は期待しないほうがいいぜ」


 前方二人の男たちがた笑いを浮かべながら、私への『用事』を伝えてくる。簡潔に言えば、「もう一度奴隷へとしてやる」ということか。

 どうやら私が自由行動をしていたことで、奴隷調達のプロらしき彼らでさえも私が奴隷から脱却したと間違えたようだ。

 ただ、ナツハ様に出会ったことが『奇跡』であり、彼女に代わる人間などいないという意味で、「二度目の奇跡はない」というのは正しい。


「その用事に応えるつもりはありません」


 そう答えれば、前方の男たちが罠にかかった獲物をいたぶるように、じわじわと距離を詰めてくる。

 そうして彼らが手を伸ばせば届く範囲まで来たところで――私は真横に跳んだ。


「なっ」


 想定外の動きだったのだろう、戸惑う男の声が上方から聞こえた。

 上方というのは、私が七十度はあろうかという急斜面を駆け下りたから。

 街の端は森に面しており、場所によっては崖といっていい地形になっている。今日通ったような市街地から遠い裏道などは、特にそんな場所となっていた。

 ある程度坂を下ってから後ろを振り返る。思った通り、私をそのまま追ってくる者はいなかった。魔法は使えなくても、腐ってもエルフ。森や山で人間におくれを取るはずもない。

 おそらく私が何処に、誰と住んでいるのかを彼らは知っている。けれどナツハ様の店が表通りにあることから、手を出せなかったのだろう。あんな一等地で騒ぎを起こせば、彼らの方が捕まることになる。だから追っ手をいてから店に戻れば、一旦は諦めてくれるはず。誰に依頼されたのかは知らないが、叩けば幾らでもほこりが出るだろう彼らがそこまで危険をおかすとは思えない。

 私の身幅ほどあるみきの木を背に、私は店まで戻るルートの選定を始めた。

 少し遠回りになっても、林道をかいして東門から戻れば人目もある。

 そう結論づけて、一歩踏み出した瞬間――


「――っ⁉」


 何かが一瞬光ったのを認め、私はその場で身をかがめた。

 直後、背後の木にその何かが刺さった音が聞こえた。


「……ナイフ」


 二撃目に警戒しながら立ち上がり、幹に刺さったナイフを引き抜く。

 丸腰よりはと、深く考えずに手にしたのがいけなかった。


「しまった!」


 ナイフのつかくくり付けられた親指の爪ほどある植物の種に、罠だと気づいたときにはもう遅かった。

 種から芽生えたつたあみのように広がり、私を捕らえる。そのいばらおりにはご丁寧にも扉とじようまえが付いており、その鳥籠のような形状をした趣味の悪い魔法に、私は見覚えがあった。


「ザイーフ……」


 姿を現したごろつきたちの依頼者と思われる人物に、私はその名を呼んだ。

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