二十時からの自由時間(5)

 テダも無事に奴隷から解放され、私が今日やるべきことは終わった。そろそろ家に戻るとしよう。

 私はテダにいとまを告げるため、彼に向かって片手を挙げようとした。

 が、部屋に響くほどのバチンという音がして、思わず手が止まる。

 どうやらテダが手を打った音だったらしく、合掌の形を取ったまま彼はベッドから立ち上がった。


「二十時以降に告白すればいいじゃないか。自由時間なんだろ」


 名案を思いついたとばかりに、得意気な顔でこちらを見てくるテダ。「骨は拾ってやる」と付け加えた彼の態度からいって、冗談で提案したわけではなさそうだ。

 テダは奴隷について、解放される手段は別としてその他はろくに調べなかったのだろう。恋愛感情が制限されると聞いても、単なる『奴隷の常識』のはんちゆうだと思っている節がある。

 まあそれはテダに限った話ではないだろうが。誰かに想いを寄せても、実際にそれを相手に告げようとする奴隷などそうそういないのだから。

 私が制限について詳しいのも、奴隷同士が恋に落ちた例を実際に見たからだ。男性側が女性に想いを伝えようとして、一時的に声が出なくなった。ならばと手紙を書こうとすれば、やはり一時的に文字が書けなくなった。結果的に、その状態を目の当たりにした女性側が察して彼らは恋人関係になったわけだが……。

 とにかくその様子を目にして、私は制限の効力が事実だということを知ることになった。

 幾らナツハ様が自由時間と決めたとはいえ、主人の命令一つであのような実害のある制限が容易に外れるとは思えない。

 テダの提案を真に受けて想いを告げようとした途端、きっと私も声が出なくなったり文字が書けなくなったりするだろう。そんな妙な状況になって、ナツハ様に心配をかけるわけにはいかない。その状況説明をテダにさせるというのも、何とも情けない有り様で避けたい。

 ……うん? 今、何か引っかかったような。


「……テダ」


 私は引っかかった何かを探るようにして、彼の名前を呼んだ。


「私があの方を想っていることを聞いたあなたは、やろうと思えば私の恋文の代筆が可能ですよね?」

「? それはできるだろうけど、ロシェスだって読み書きは完璧だろ」

「!」


 テダの返答に、引っかかっていた何かをとらえた気がした。


『ええ、そうです。私はあの方を愛しています』


 つい先程、私はテダとの会話の中でそう口にした。

 そればかりか、ここへ来る前に門番に向かっても私はナツハ様のことを『愛する人』と表現したはずだ。

 相手がナツハ様ではないから制限に引っかからなかったと思っていたが、それは違うのではないか。声も文字も制限される……それが奴隷が恋愛感情を伝えることに対しての制限というならば、第三者に言えてしまうのはおかしい。第三者は何の制限もなく、それを対象者に伝えることができるのだから。それでは第三者さえ介せば、制限など意味をなさなくなってしまうのだから。


「……そうですね。テダの言うとおり、告白してみるのもいいかもしれません。二十時からの自由時間に」


 思いがけなく発見した抜け道に、少し声が震える。

 そんな私には気づかないで「おう」と返してきたテダに今度こそ暇を告げて、私は宿を後にした。

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