二十時からの自由時間(7)

「ロシェス、お前には地べたをってもらわないと駄目なんだよ。ただ殺すだけじゃ、俺が満足できない」


 ザイーフが人差し指を上に動かせば、その通りに私を捕らえた檻が浮かび上がる。以前、エルフの里で水汲み中に襲われたときと同じ状況だ。これは私を奴隷商に売ったのも、ザイーフだったと考えていいだろう。

 普通のエルフは水を自分で出せるため、川まで行って水を汲む必要がない。人気のない場所を狙って犯行が行われた。私が里の皆からうとまれているとしても、同族を売るなどという行為は彼らの誇りに反するものだから。


「ドワーフとの和解がそんなに偉業だというのか? 歴代最強の魔力と言われる俺を差し置いて、落ちこぼれのお前を次代の長になんて。しかも俺を追放だと? 長老は気が触れたとしか思えない。……まあ和解も過去の話だけどな。うちの里に来たばかりに、可哀想なドワーフが一人奴隷にとされたんだから」

「! ザイーフ、あなたがテダを……」


 そうだ。今考えれば、最初からおかしかった。

 当時は、私を疎んでいた里の者複数人の犯行だと思っていた。だから私の追放を前々から計画しており、そのため異常なほど円滑に取引がされたのだと思っていた。

 しかし、テダについてもザイーフが噛んでいるというなら話は違ってくる。

 テダがエルフの里に乗り込んだのは、突発的な出来事だったはず。それなのにテダは、やはり私と同じく手際よく奴隷商に引き渡された。

 間違いない。ザイーフは、奴隷商と繋がっている。


「以前にあなたが尋ねた問いをそのまま返します。人間に利用されて、エルフの誇りまで無くしましたか?」


 私が行方不明になったときは、里に馴染めないため去ったのだろうという推測で話が終わっていたのかもしれない。しかし、ドワーフのテダがエルフの里でしつそうという異常事態となれば、エルフたちは自分たちの誇りにかけて真相を究明しようとしただろう。そこでついでに私の一件も明るみに出たということか。

 私は「里の長の怒りに触れて同族に売られた」という経歴になっているが、実際は滅多に会う機会はなかったものの、長老だけはよくしてくれた。

 長老の名をかたったのだ、だからザイーフは里から追放された。それこそ、里の長の怒りに触れて。


「人間に利用? 人間を利用しているのは俺だ、お前と違ってな」


 ザイーフが私を鼻で笑い、再び人差し指を動かしたかと思えば同時に景色が変わる。一瞬で転移魔法を繰り出す彼は、確かに歴代最強の魔力とうたわれる実力の持ち主なのだろう。

 転移先はどこかの洞窟のようだった。


「ようエルフの薬師さん、さっきぶりだな?」


 茨の檻に入ったままの私を見下ろすのは、記憶に新しいならず者たち。

 彼らの手には酒らしき飲み物と肉の串焼き。仕事の後の一杯というていから、ここは彼らのアジトなのかもしれない。

 檻の前に立つ男たちの背後には、捕獲が禁止されている妖精が鳥籠にとらわれ。その鳥籠が置かれたテーブルに積まれているのは、おそらく違法薬物の原料となる植物。


「……ザイーフ、付き合う相手は選ぶべきです」


 過ちを犯して里を追放されたとしても、幾らでもやり直す機会があったはずだ。私とは違い彼は有能だったのだから、引く手あまの人材だったはず。

 ザイーフはだまされているように思う。一度でも罪を犯したならもう光の差す場所には戻れないと、彼は思い込まされてしまった。彼が重んじるエルフの誇りがあだとなって、却って彼を闇に追い込んでしまった。

 男たちに私を見張るよう命令するザイーフを見つめる。

 また私を鼻で笑うかと思った彼は、私をいちべつしただけでその場を去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る