ギルド御用達のお店(3)
朝食を片付けまで終わらせるや否や、私とロシェスは店に設置した長椅子まで患者を運ぶ事態に遭遇していた。
オープン前の薬屋に担ぎ込まれたのは、冒険者ギルド所属の男性。近所の馬車止めで馬車から降りるや否や倒れ込んだらしい。それを見た数人が、彼をここまで運んで来た。
どうやら昨日商業ギルドへ行った際に、ロシェスの姿を見ていたらしい。それで治療院を開業するのだと思ったようだ。現時点でエルフに薬師はいないのだから、そう勘違いするのも無理はない。
彼を連れて来た住人たちは、皆帰って行った。患者に手持ちがない場合は、冒険者ギルドへ申請すればいいらしい。なるほど、そういうシステムがあるのか。
「まずは状態の確認をさせて下さい」
ロシェスが患者である壮年男性に声を掛ける。当人は意識が
ロシェスがカルテに、視診結果を記録して行く。私はそれを見守るふりで、密かに男性のステータス鑑定を行っていた。
患者に処方する薬は、例えばHPが30減ってる人には25から30回復といった丁度いい回復量にするのが望ましい。「ウン十年前の古傷まで治るなんて!」というお約束の展開は、ロシェスの評判が充分に広まった後で起こすのが無難だ。奇跡の能力の噂を聞き聖女を連想してやって来た者が、ロシェスへとミスリードされなくてはいけないのだから。
カルテを書き終えたロシェスが、それを私に渡してくる。私はそこに、自分の鑑定結果を書き加えた。
HP246/450 MP2/55 状態:毒
カルテをロシェスの戻せば彼は私に頷いて見せて、それから奥の工房へと向かった。
私が昨日生成した聖水は濃縮液のようなもので、
商業ギルドに商品として登録したのは、胃痛、腹痛などの緩和を目的とした状態異常回復(小)付きのもの。今回の状態異常は毒であるから、状態異常回復(中)の効能を狙わないといけない。
寧ろ普通に材料を揃えて、状態異常回復(中)ポーションを生成した方が簡単かもしれない。材料費は倍以上かかりそうだけれど。
「ナツ……オーナー、確認をお願いします」
いつの間に戻ってきたのか、気付けばロシェスが私にポーション瓶を差し出していた。
店では『オーナー』呼びをするという決まりを思い出したらしい。律儀に守ってくれるその姿勢、キュンときた。
なんて呑気にときめいている場合じゃなかった。毒だなんて、一刻も早く治さないと。
効能が足りなければ足してもらって、超過のときは……作り直しが間に合いそうになければそのまま使おう。
――と、プランBやCを考える必要なんてありませんでした。
初級HP回復ポーション+2:HP回復(小)+状態異常回復(中)
「……うん、これでいい」
私はスッとロシェスにポーション瓶を返した。一瞬表情が虚無だったかもしれない。
ロシェスが工房に行って戻ってきた時間から見て、持ってきたこれは作成一発目で間違いない。
異世界トリップでチート能力が目覚めたのは私だった……よね? 本気でわからなくなってきた。
「……ここは?」
ポーションを飲んだことで意識がはっきりしたのか、男性がロシェスに尋ねる。
ロシェスは男性がここに運ばれてきた経緯と、薬を処方した旨を彼に伝えた。同時に毒の原因を聞き出し、それをカルテに追記して行く。今回はサソリ系モンスターの攻撃によるものだったようだ。
私はもう一度、男性のステータスを確認してみた。
HP346/450 MP2/55 状態:正常
うーん、完璧。冒険帰りのお疲れ感を残しつつ、毒は綺麗さっぱり消えている。
ロシェスに「ありがとうございます」を繰り返す男性に、顔がにまにまするのを止められない。そうなの、ロシェスってすごいのと、一緒になって褒め称えたい。
この気持ちはアレだ。推し。推したい、ロシェスを。
思い返せば、割と最初からロシェスを推してたよね? 私。え、推しと同居を始めるとか、それなんて幸せ異世界ライフ……。
と、一人うっとりしていたところ、ハッと気付けばロシェスが私を見ていた。
あわわわ。何でもない、何でもないよー。ご尊顔を拝みかけたけど未遂だよー。
「今回の治療費はこのくらいになります。ギルドの方へ請求しますか?」
私は手早く金額を割り出し、それを走り書きしたものを男性に見せた。ここは突っ込まれる前に別の話題を振るに限る。
そんな私の思惑通り、ロシェスは男性の方へと向き直った。
結局、男性は手持ちで足りたらしくその場でお支払い。ロシェスに何度も礼を言って、元気に帰って行った。
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