ギルド御用達のお店(2)

 スクランブルエッグとカリカリベーコンを載せた厚切り食パンを、いただく。

 そんなお手本のようなモーニングを出してきた向かいの席の同居人を見れば、彼はスクランブルエッグをスプーンですくって食べていた。ロシェスは個別で食べる派らしい。


「まだ始業の八時じゃないのに、ありがとう」

「ナツハ様も八時から仕事を始めるにあたり、それより前に身支度をしてここに来られたはずです」

「うーん、それを言われると……」


 正論で返してきたロシェスに、思わず苦笑いが出る。

 確かに元の世界では何の疑いもなく、始業二時間前には支度をしていた。そして一時間前には、通勤電車に乗っていた。

 同じと言えば同じなのだけど、何だろうこの時間外労働をさせている気になる心地の悪さは。


「じゃあ明日の朝食は、私が用意するね」

「いえ、どうか私にやらせて下さい。これからも私に任せていただけませんか?」


 朝食係を交代制にすればいいじゃない……と思い付いた私の妙案は、瞬時にロシェスから異議ありとされてしまった。もしや私は料理ができないと思われているとか。

 昨日のうちにキッチンを見た感じ、作れるとは思う。コンロの着火こそ魔法道具を使うけれど、それ以外は元の世界とほとんど違いはなかった。フライパンとか包丁とか、使い勝手を考えると行き着くところは同じなんだろう。日本とヨーロッパでも、鍋やかまの造りはそう変わらなかったし。

 と、そこまで考えたところで、私ははたと気付いた。

 ロシェスをじっと見る。


「ナツハ様?」


 人形のように整った顔、そして先程のどこか懇願するようなロシェスの声色。

 ……え、これって、もしかしてアレでは? ファンタジーあるある、過去に食事に薬を盛られたことがあって警戒している的な奴では。

 あああ……ロシェスの容姿ならそれも有り得なくはない……!


「……わかった。ロシェスがそうまで言うなら、任せるね」


 動揺を必死で隠しながら、私はロシェスから自分の食事へと目を戻した。

 実際、調薬の本を買うときに見かけちゃったんだよね、媚薬と呼ばれる薬の数々を。数々というのは、薬の中でも媚薬だけは粉、錠剤、液体等々、やたらと種類が多かったから。シーンを選ばずお使いいただけます? 怖いっ。

 変な喉の渇きを覚えて、私は濃厚ミルクをごきゅっと飲んだ。


「今日の朝食は、お口に合いますか?」

「勿論、美味しいよ」

「よかった」


 顔を見なくとも、ロシェスがホッとした表情でそう口にしたのが伝わってくる。

 私の考え過ぎで、普通に彼が手料理を食べさせたいタイプの人なのかもしれない。是非、そうであってほしい。


「あ、ロシェス。食べ終わったら、せめてここにある食器は私が洗うからね」

「わかりました。では私は拭いて片しますので」

「あ」


 流れるように返ってきたロシェスの答に、私は思わず声を上げた。

 しまった。どう考えてもロシェスがやると言った作業の方が大変だ。そしてだからこその、彼からの二つ返事なわけで。

 ごく自然に話を持って行く遣り方が、スマートだなあと思う。


「……格好いいよね」


 こっそりと、呟く。

 パンと一緒に口に押し込めたから、きっと外には漏れてない。

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