ギルド御用達のお店(4)

 朝の騒動から一時間後。

 二人で工房へと移り、ロシェスからこの世界の冒険者事情を聞いた私は、思い付いた新薬について彼に話した。


「モンスターけの薬、ですか?」

「そう」


 ロシェスが在庫用のポーションを作成しながら、私に相槌を打ってくる。それで調合に寸分も狂いもないのだから、本当器用だね。


「聖力の伝導ができそうな素材を取り敢えず集めたじゃない? その中で使えそうなのがあったから、作れると思うんだ」

「それは……銀の砂ですね。確かに魔道士も魔法のしよくばいとして使う素材ですが、そのままでは体内に入れると有毒です。無毒化の処理もナツハ様がなさるのですか?」

「そもそも体内に入れない薬にするのよ」


 私は『銀の砂』が入った小瓶を軽く振りながら、ロシェスに答えた。

 少なくともここエムリア王国では、ポーションに限らず薬は飲み薬が主流。だからロシェスがそれ前提で考えたのも無理はない。

 けれど私が想像したのは、元の世界での『虫除け』の薬。受けた依頼によっては、冒険者は毎日が大自然でキャンプな状況だろうから、需要はあると思っている。


「加工して、身体に直接塗る薬にするの。金属を直接食べたら人体に悪いけど、アクセサリーにして付ける分には問題ないでしょ? それと似たような感じね」

「なるほど」


 冒険者の使用シーンを想定して、ロシェスと二人あーだこーだと意見を出す。

 そのうち、塗り薬の中でもジェルタイプがベストという結論に落ち着いた。液体タイプの方が軽量だけれど、やはり移動しながら塗ることを考えるとより塗りやすい方に軍配が上がる。

 ちなみにスプレータイプも考えてはみたが、スプレーボトルは無いだろうしそう簡単には作れそうもないので、ロシェスと相談する際に候補には挙げなかった。

 ベースとなる私のスキルは、『ホーリーサークル』。最初の森を抜けるときに使った、魔物と不審者を対象に敵避けを発動するあの魔法。ひとくくりに『モンスター除け』としてしまったけれど、図鑑機能があるゲームでは野盗や敵兵もモンスターと一緒くたに載っていたし……いいよね。


「銀の砂に均等に行き渡らせて……と。よし、後はこれをロシェスがそっちに混ぜ込んでくれる?」

「はい、お任せ下さい」


 私が何度かリテイクし、強すぎず弱すぎない効能の加減を見つけたときには、ロシェスは薬の下地となるジェル剤の作成を終えていた。未知の薬作りであっても、相変わらずこの天才薬師様は絶好調である。


「……できたね」


 ロシェスが調合したものを丁寧に丸形容器に流し込む。そして作業台におかれたそれを、私とロシェスは一緒になって見下ろした。


 旅らくナール:スキル『ホーリーサークル』の効果。効果範囲(小)。効果時間2時間。


「……ん?」

「何か問題がありましたか?」


 ロシェスが不安げに聞いてくる。アイテム鑑定の結果が見えるのは私だけなので、彼は調合が上手く行ってなかったと誤解したのだろう。

 ロシェスの調合は問題ない。狙った効果が完璧に付いている。ジェルもべたつきを抑えつつよく伸びる、現代技術もびっくりな出来となっている。

 なので問題は……どう考えても私の方にある。


「効果はバッチリなんだけど、勝手にアイテム名称が決まってしまっていて」

「そうなのですか?」


 『旅らくナール』。絶対に私の無いセンスのせいだわ、これ。薬の商品名は駄洒落チックという先入観が無意識に出たっぽい。


「ではその名称で商品登録いたしましょう」

「うん……そうね」


 そうするしかないね、もう。私はトホホな気持ちで商業ギルドへ登録に行った。ロシェスは「わかりやすいと思います」と感心した様子で言ってくれたけれど。

 幸い登録時にネーミングで笑われることはなかった。いや、受付担当の人がプロだっただけかもしれないが。

 その際、『旅らくナール』は前例の無い薬のため、試用期間が設けられることになった。十日ほど検証をしてから許可が下りるとのこと。


「オープン時には、HP回復ポーション+1ポーションの販売に集中したいから、間に合わなくて逆によかったかな」


 商業ギルドからの帰り際、私とロシェスはそんな会話を交わしていて。

 そしてそれが甘い考えだったことを、私たちはオープン日に知ることになる――

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