ショートショート・『冒険家』
夢美瑠瑠
ショートショート・『冒険家』
(これは、今日の「冒険家の日」にアメブロに投稿したものです)
” (安部公房風の短編…)
亡命者Kは、「他人の顔」を被っていたのだ。これは、拙作「他人の顔」の主人公の科学者が変装用に作った、例の「仮面」を盗んだものだ。(物語同士が寧ろ論理的には何の脈絡もなく連携して、説明を省略して、ある部分を剽窃して、結果、読者には一種の安心感や優越感を賦与できる。それはだから言語実験、ゲームの一種である。前衛作家たる私の矜持というか真骨頂を発揮して見せるため…でもある)
亡命者Kが偽装しているのはこの仮面による「風貌のID」の他には、国籍はもちろん、身分や年齢、声、その他の本来の人物の裏付けとなる符牒の一切である。
だから彼は精神的な個性以外の一切を喪失して、抽象的な「K」になっている。
同定されないことが第一義的な目的なので、ふつうの人間とは成り立ちのベクトルがつまりコントラヴァージーなのだ。
「誰でもない人物」となることを通常の人生は恐怖する。
なぜか?ある存在として確認されて居場所を得ることが社会に適応するための前提条件で、必須項目だ。かの「健康者の心理学」の提唱者も基本的な欲求の第二層に、所属・安全欲求を配している。
精神の安定と健康を担保するのは社会的な所属欲求の安定というのが常識的な社会人を尊ぶという風潮のよって来たるゆえんで…が、普通に言う「自我の確立」とは、それは別次元ではないか?
亡命者で、アイデンティティを喪失していても、「K」は極めて冷静で、怜悧な判断力や知性、言語能力その他を喪失してはいない。
今の「K」は通常の「人間」ですら無く、しかし発狂しているわけでも逸脱的な犯罪者的個性の人物でもない。
日常を喪失し、理想の国家体制という「夢」を希求しつつ漂流している亡命者…それは魂の蘇生を目的とするクエストを課された”冒険家”、”冒険者”なのだ。アナーキストや空想的な社会主義者というのは、サルトルやルソーのようにヒューマニスト、ロマンチシストなのだ。
ア・プリオリに、社会が果たして人間を幸福にするものでありうるのかという両義的な命題は、亡命者が運命的に背負っている十字架だ…
「おれだって自分を忘れたいんだ!放り出したいんだ!」Kは叫ぶ。
都会の雑踏というか、その他大勢の中に紛れている場合には誰でもが孤独を感じるが、そこには安心感もある。日常時間では時としてアイデンティティが重荷になる、ということもある。自分を忘れたいがゆえのドラッグや飲酒への逃避というのはそれも普遍的に理解しやすい現象だ。
アイデンティティがアンビバレント…アンドロイド的存在、無個性へのあこがれは、共同体の崩壊と都市化という人間疎外の温床の蔓延、マスコミによる軽薄な文化がもたらした大衆の白痴化により齎された…”
「おい、何をしている!」
ロボット警察が、露天のテントの中で「冒険家」というタイトルの”安部公房風短編”を書き綴っている私の腕をぐっとつかんで、捩じ上げた。
「文字を書いたり、自由に文章を書いたりということは治安維持法第16条で厳重に禁止されている!逆らったものは死刑だ!知らないのか!」
「いや、私はただの精神病者です。これは”自由作文セラピー”というもので、医者から特に許可されている治療法なのですが…」
私は、精神障碍者カードを出して、説明した。
ロボットは胡散臭げにカードを検分していたが、やがて、心底つまらない、という表情をして、ふーっとため息をついた。
銀色のセラミックの手が、カードを乱暴に私に握らせた。
「ふん!なんだきちがいか。ならしょうがないな。せいぜいお大事にな」
MPはそう言って立ち去った。
亡命できる年でもない私は、その姿を見送った後に、静かに、とっておきの青酸カリを呷った。
「無知の知…か。悪法も法なりだ」
そう捨て台詞だけを残して…
<了>
ショートショート・『冒険家』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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