第17話 意地の張り合いと食欲旺盛な狐

 モヤシ人間…、僕をそう呼んで、麻友の話を止めてきたのは理事長の孫の神里 小鈴だった。彼女は僕をモヤシ扱いしたあと、隣の席に座ってきたので、

 

「小鈴、毎日ボッチやからって、人の彼氏の横の席へ勝手に座んなや。それとも、アレか?仲間に入れて欲しいんか?」

 

 麻友は僕の隣に座っている小鈴へクレームを入れていた。

 

「私は群れるのが嫌いなの。だけど、激弱の狐とモヤシ彼氏の両方を一人で守れるほど、甘い世界じゃないから余計な事に関わらせるなって、言ってるの。」

 

 彼女は話を深く知れば、僕の身にも危険が及ぶかもしれないと警告してきた。

 

「大丈夫、小鈴も弱い私を守るために、この高校へ来たんでしょ?最近はいつも、私の近くにいたよね?」

 

 紫音が小鈴にそう話すと、

 

「本当はあんたなんかと関わり会いたくないわ。でも、それがお婆ちゃんの願いなら、孫として手伝わないわけにはいかないでしょ?それにそこのモヤシと付き合ってるギャルも姉がいなくなって、ずいぶん、弱くなっちゃったからね。」

 

 小鈴は理事長の命令で紫音のいる学校に来させられた事を語ったあと、姉の麻友が体を離れた事を知っていて、弱くなった事を話すと、

 

「それって、モテへん奴の僻みなん?チビだし、性格が歪んでる時点で女の魅力ゼロの人間に何を言われても、響かへんで。良い歳して叔父さんが好きって、どんな性癖やねん。」

 

 ギャルがお金持ちの高飛車少女に噛み付いて、今にもケンカを始めそうになっていた。止めようにも、二人とも強いのが分かっている僕は紫音に目で助けを求めると、何事も無かったかのように、ウチの母さんが作った麻友用の弁当のおかずを勝手に食べていた。

 

(二人のケンカ原因の当事者がまさかの知らんぷり…。)

 

「どっちが上かを分からせる必要がありそうね。あなたは小汚ない養女で私は正統な血筋を持つ人間の時点で、勝負付けは済んでいるようなモノですけど…。」

 

 二人はどっちが強いかと言う、ヤンキーみたいな事を言い出したため、紫音に止めさせてとお願いすると、

 

「優樹くんのお母さんのお料理は美味しいね、あっ、ハムサンドだ。」

 

 食べるのに夢中な紫音は、ハムサンドに挟まれたキュウリを丁寧に取り出して、コレは嫌いだから、あげると言って、僕のお弁当の上に乗っけていた。そのあとは、麻友と小鈴は外で決着をすると言い出して、校庭で木刀的な物を振り回して戦い始めるとすぐに騒ぎを知った上本先生がやって来て、


「知能の低いメス猿が二匹、暴れているらしいな。不在中の理事長に報告をするが構わないか?」


 二人を脅すように理事長へテレビ電話を始めると、


「アタシらはトレーニング中だったの。二人でクソ弱い紫音を守らないとアカンしな。」


 理事長に報告されるとまずいと感じた麻友は小鈴にそう言い出すと、


「まあ、最近は雑魚ばかりが相手だったから、そこそこ強い奴と実戦形式の試合をしてただけ…ですよ、先生。」


 小鈴もバレると良くないと感じたらしく、言い訳し出した。


「そうか…、なら、悪いのは、教室で知らん顔をする…、アイツだな。」


 上本先生はそう言うと、僕のいる二階の教室を睨み付けて、窓から教室へ飛び込んできた。


(上本先生、ここは二階ですけど…。)


 麻友の言っていた通り、身軽な上本先生は何も使わずに高さが五メートルはあるこの教室の中に飛び込んできて、紫音の元に来ると、


「どうせ、お前は二人のケンカを止めずに昼飯でも食べていたんだろ?それは…人としてどうなんだ?」


 先生は紫音の行動をすべて言い当てると、紫音は狐耳をピクピクさせて動揺し始めた。


「図星か…、学校で一番問題あるのは、この狐だな。」


 上本先生は特に何もせず、睨み付けて脅すとそのままドアから出ていった。紫音はしばらくは耳をピクピクさせていたが、上本先生が近くにいなくなった事で安心したのか、麻友のお弁当のつまみ食いを再開し始めた。

 

(メンタルが鋼だ。反省しているフリしかしない、まさに問題児の行動だ。)


 紫音がマイペースな狐っ子である事が分かった僕が席に戻ると、


「ヤバすぎる教師やな。アレは犬やのうて、野生のピューマや。」


 いつの間にか、教室に戻って来た麻友が僕の横でそう呟いたので、


「麻友…、外に居たのになんで僕の隣にいるの?」


 教室のドアから入って来た形跡も無かったため、問い質すと、


「決まっとるやん。あの教師と同じ方法で入ってきてん。なんか、ヤンキーみたいで、カッコ良かったしな。」


 上本先生の真似をした事を話したが、


「え~っと、高跳びの世界記録って、どれくらいでしたっけ?」


 僕が彼女に尋ねると、


「ピューマなら七メートルは軽く飛べんぞ。だから、あの女なら大丈夫や。」


 まともに答えない麻友はピューマなら七メートルは飛べると言った。


「ピューマって何?」


 僕はピンと来ない生き物の名前を聞き返すと、


「無知なモヤシね、アメリカ大陸にいる大きな猫よ。そこのトロい狐とは違って、人間よりもはるかに身体能力が優れた猫よ。」


 戻って来た小鈴は僕を無知扱いして、大きい猫だと教えてくれたあと、自分の席に戻って行った。


(答えになっていないんだけど…。)


「まあ、あの女教師はピューマ並の身体能力を持ってるって事や。男を誘惑して、この学校におる男共から、ちょっとずつ検体を入手して、肉体強化でもしてんのちゃうか?」


 麻友は上本先生の身体能力の謎を話したあと、自分の席に戻り、「アタシの飯が狐の主に食われとる…」とぼやいて、紫音を見ると、耳をピクピクさせて、知らんぷりしていた。


(知らんぷり?バレバレだよ?紫音さん…。)


 しゃーないと言った麻友は、僕にいきなりキスをしてきた。


「これからはこう言う、栄養摂取の仕方にしよっかな。彼氏とのキスは一番腹が満たされるし。」


 僕にキスをしてきて、不思議な事を話してきたが、その積極的な行動よりも疑問は他にもあって、


「じゃあ、麻友はなんで上本先生の真似が出来るの?」


 同じぐらいの身体能力を持つ麻友の謎を聞いてみると、


「アタシには優がおるやん。優と愛し合えば、力が湧いてくるねん。人知を超えたラブパワーやで。」

 

 彼女はラブパワーと話したので、首を傾げると、


「前に紫音ちゃんが回復の背中や言うて、お姉を激怒させてたやろ?それは彼氏の力を奪う紫音ちゃんにキレてたんや。証拠を見せたるわ。」


 麻友はそう言うといつもよりも長いキスをしてきた。


「麻友!いくらなんでも、やり過ぎだよ。お姉ちゃんはそこまでしなかったよね?なんで…こんなに…」


 今の麻友はとても積極的な事をしてくるが、僕にとっては感じた事の無い心地の良い瞬間だったため、抵抗をしたいのだが、何故か止められない。しばらくすると、嬉しくて天に昇る気持ちになり…、


「やり過ぎるとこうなっちゃうの…ゴメンね、優樹さん…。」


 急に関西弁を止めた麻友を見ていると、睡魔が襲ってきて、僕はそのまま気を失ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る